改訂新版 世界大百科事典 「南会津」の意味・わかりやすい解説
南会津[町] (みなみあいづ)
福島県南西部,南会津郡の町。2006年3月田島(たじま)町と伊南(いな),舘岩(たていわ),南郷(なんごう)の3村が合体して成立した。人口1万7864(2010)。
伊南
南会津町西部の旧村。南会津郡所属。人口1784(2005)。只見川支流の伊南川流域にあり,林野面積が大部分を占める山村。特別豪雪地帯に指定されている。伊南川沿いに沼田街道が通じ,中心の古町はこの街道に沿って発達した街村で,田島方面への分岐点にもあたり,中世は伊南郷の中心でもあった。古くから伊南細見と称する良質の麻布の産地で,明治に入って養蚕が盛んとなるまで主要な地場産業であり,近世には市も開かれていた。基幹産業は農林業で,新林業構造改善事業の指定をうけ,林野の整備に力を入れている。1980年代後半に会津高原高畑スキー場を開設し,観光開発も行っている。伊南川沿いに開けたわずかな耕地では稲作やトマト栽培などが行われる。伊南川上流の檜枝岐川沿いには小豆温泉があり,大桃の駒岳神社境内には歌舞伎舞台(重要民俗文化財)がある。伊南川はアユ釣りの名所として知られる。
田島
南会津町東部の旧町。南会津郡所属。人口1万2934(2005)。阿賀川(大川)上流域を占め,南は栃木県に接する。阿賀川の河岸段丘上に発達した中心集落の田島には中世後期に長沼氏の居城鴫山(しぎやま)城が築かれた。会津から日光,江戸へ至る会津西街道(日光街道)の宿場でもあり,1643年(寛永20)以後天領となって南山御蔵入と呼ばれたのちの南会津郡一帯の中心として,田島陣屋が置かれた。明治以降も郡の中心地で郡役所が置かれた。国鉄会津線(現,会津鉄道)が1934年会津田島駅まで開通,53年会津滝ノ原駅まで延長され,さらに東武鬼怒川線と野岩鉄道が結ばれ,関東圏と結ぶ観光等の開発が促進された。町域の大半が山林で製材業,木工業が盛ん。住友金属鉱山の八総(やそう)鉱山は銅,亜鉛などを産出したが,1970年閉山した。田出宇賀神社の田島祇園祭は重要無形民俗文化財に指定されている。1885年建設の旧郡役所は奥会津地方歴史民俗資料館になっている。
舘岩
南会津町南部の旧村。南会津郡所属。人口2219(2005)。四方を帝釈山地に連なる標高1000~2000mの山々に囲まれ,南は栃木県に接する。山間の標高600~800mの地に20余の集落が点在し,村域の大半を山林が占める。中心集落の松戸原は,大正初年まで無人の地であったが,1947年村役場が置かれて発展した。農林業を主とするが,山間地帯のため生産性が低く,冬季の出稼ぎも多い。村の東端に八総(やそう)鉱山があって銅,亜鉛などを産出したが,1970年に閉山した。会津高原たかつえスキー場が大規模リゾートとして開発されるなど,観光開発が進められている。湯ノ花温泉,木賊(とくさ)温泉,田代山湿原がある。
南郷
南会津町北部の旧村。南会津郡所属。人口2933(2005)。奥会津の玄関口に位置する。東西を急峻な山地に囲まれ,中央を北流する只見川上流の伊南川流域に集落が点在する。中心集落の山口は,只見や田島から奥会津へ向かう沼田街道と田島街道(国道289号線)の分岐点として発達した。就業人口の30%が農林業に従事するが,村域の大部分は山地で国有林が多く,耕地は伊南川沿岸に限られ,しかも冬季の積雪量が170cmにも及ぶため農業条件は厳しいが,生食用の〈南郷トマト〉は首都圏にも出荷されている。近年はスキー場等の観光開発も進められているが,人口流出が続いている。
執筆者:佐藤 裕治
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報