例えば殺人罪などのように,その規定によって保護しようとする利益(法益)が現実に侵害されることによって成立する犯罪を侵害犯(実害犯)と呼ぶが,これに対し,例えば放火罪,往来危険罪のように,法益侵害の危険の発生のみによって成立する犯罪を危険犯(危殆犯)という。このような危険犯の成立要件となる危険には,程度の差があるので,どの程度の危険を処罰すべきかが問題となる。空家・倉庫など自己所有の人の現住していない建物に放火し,公共の危険が生じたときに成立する放火罪(刑法109条2項)などは,具体的な高い程度の危険を必要とするもので,具体的危険犯という。現に人の住居に使用されている建物に放火することによって成立する放火罪(108条)などでは,具体的危険の発生は必要でなく,それよりも程度の低い,そのような放火行為に存する抽象的な危険性だけで犯罪の成立を認めることができるとされており,抽象的危険犯と呼ばれている。さらに,自動車のスピード違反のような,このような抽象的危険すらその成立には必要とされない犯罪は,形式犯と一般に呼ばれている。現代社会における社会生活の複雑化,科学技術の発達等に伴い,公害問題,消費者保護問題のような,不特定の多数人に被害を及ぼす行為への対処が必要となっているが,これらの現象に有効に対処するためには,個人に実害が発生する以前の段階で刑法が介入する必要があるのではないかが問題となってくる。ここに,公害犯罪,経済犯罪など,危険犯を処罰する規定の現代社会における重要性があるといえよう。ただし,危険犯の規定は,刑法の早い段階での介入を認めるものであるだけに,適用のしかたによっては個人の自由を制約する役割を果たすおそれがある。公安条例によるデモの規制をその例として挙げることができよう。
執筆者:山口 厚
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
※「危険犯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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