卵巣がん(読み)らんそうがん

家庭医学館 「卵巣がん」の解説

らんそうがん【卵巣がん Ovarian Cancer】

◎初期にはあまり症状がない
[どんな病気か]
[症状]
[原因]
[検査と診断]
[治療]

[どんな病気か]
 正常な卵巣は、親指の頭くらいの大きさで、子宮の左右にあります。婦人科のがんのなかで、卵巣がんは年々増加の傾向を示し、死亡率も高く、予後のよくない病気です。これは、卵巣が腹腔(ふくくう)の奥にあるため、直接に検査する方法がないことや、“しのびよる殺人者”と呼ばれるように、早期の卵巣がんは症状があまりなく、発見したときには、すでに腹腔内に広がった進行がんになっている場合が多いことによります。
 卵巣は、腫瘍(しゅよう)の温床(おんしょう)といわれるように、多種多様な腫瘍が発生します。そのため、卵巣腫瘍は発生した組織の種類により、表層上皮性間質性腫瘍(ひょうそうじょうひせいかんしつせいしゅよう)、性索間質性腫瘍(せいさくかんしつせいしゅよう)、胚細胞腫瘍(はいさいぼうしゅよう)、その他の腫瘍、の4つに分類され、さらに、それぞれを良性、境界悪性(良性と悪性の中間)、悪性の3群に分け、診察・治療上の便宜がはかられています。一般的にいう卵巣がんは、上皮性腫瘍の悪性群と境界悪性群を意味しています。
 卵巣がんの治療にあたっては、腫瘍の広がりぐあいをあらわした進行度の分類が重要です(図「卵巣がんの進行期分類」表「卵巣がんの進行期分類」)。
 卵巣腫瘍の発生頻度は、上皮性間質性腫瘍が60~70%ともっとも多く、ついで胚細胞腫瘍の20~25%、性索間質性腫瘍5~10%の順です。
 卵巣腫瘍は、その性状から嚢胞性(のうほうせい)腫瘍(袋状のもの)と充実性腫瘍(嚢胞をつくらないもの)に大別され、嚢胞性腫瘍の多くは良性です。一方、充実性腫瘍の約80%は悪性で、そのうち70~80%はいわゆる卵巣がんです。
 発症年齢別にみた卵巣腫瘍の頻度は、20歳以下の若い人では胚細胞腫瘍が大部分で、性成熟期の女性は転移性(てんいせい)がん(とくに胃がん(「胃がん」)や乳がん(「乳がん」)から)、そして、高齢者では約70%が卵巣がんです。

[症状]
 症状は、ある程度腫瘍が大きくならないと現われないことが多く、一般的には、下腹部腫瘤感(しゅりゅうかん)(下腹部になにかかたいものを触れる)、膨満感(ぼうまんかん)、下腹部痛、圧迫感などの腹部症状が主です。下腹部痛の多くは鈍痛で、激痛があるときには茎捻転(けいねんてん)や破裂が疑われます。
 月経困難症(「月経困難症」)や腹水貯留(ふくすいちょりゅう)なども、卵巣腫瘍発見の契機となります。
 また、性器出血などの場合は、ホルモンをつくる腫瘍のこともありますので、女性化や男性化などの特殊な症状にも注意が必要です。

[原因]
 卵巣がんがおこるはっきりした原因はありません。しかし、消化器がんや乳がんの手術をしたことがある人や、卵巣機能不全(らんそうきのうふぜん)、流産、不妊症など、月経・妊娠に関する異常の経験のある人は、卵巣がんにかかるリスクが高いので注意が必要です。
 なお、最近、BRCA‐1遺伝子が、卵巣がんの家系に関連があるとの報告もされています。

[検査と診断]
 通常の診療と同様に、問診、外診、内診が行なわれ、必要に応じて直腸診が併用されます。卵巣腫瘍の疑いがあると診断されたら、スクリーニング検査(細胞診(さいぼうしん)、超音波断層法腫瘍マーカー、ホルモン検査など)を行ないます。悪性腫瘍の疑いが強いときには、進行期、組織型を推定するため、精密検査(CTスキャン、MRI、穿刺(せんし)細胞診、腹腔鏡、胃腸検査、その他)を行ないます。
●問診
 転移性がんの可能性を考え、消化器がんや乳がんの手術をしたことがないかどうか、また、卵巣機能不全や不妊症は上皮性卵巣がんになるリスクの高い病気なので、そうした病気をもっていないかどうか聞かれます。
●外診
 卵巣がんの場合、胸水(きょうすい)や腹水がたまることが多く、外から見て腹部などが膨れていることがあります。
●内診
 細胞診を行なうとともに、腫瘤の位置、大きさ、形、性状、可動性、圧痛の有無などを調べます。弾性硬(弾力があってかたい)、髄様軟(やわらかい)、凹凸不整(でこぼこしている)、可動性不良(さわってもあまり動かない)のものは悪性の可能性が高くなります。
●画像診断
 卵巣腫瘍の画像診断は、近年飛躍的に発展し、超音波断層法、CTスキャン、MRIなどにより、存在診断(腫瘍の有無をみる)、質的診断(腫瘍の種類をみる)、腫瘍の広がりの診断ができるようになりました。
●腫瘍マーカー
 腫瘍は、その種類により、それぞれの特有の腫瘍マーカー(「腫瘍マーカー」)をつくります。ですから、腫瘍マーカーは、手術前の診断の補助になるとともに、治療効果の判定や再発の発見に利用されます。
 最近の診断・治療に応用されているおもなものは、CA125(「CA125」)、CA724、CEA、CA199、AFP、LDH、HCGなどで、悪性腫瘍の場合、高い値を示すことが多く、卵巣がんの診断に役立ちます。

[治療]
 卵巣がんの治療は、手術療法化学療法放射線療法がおもなものですが、中心となるのは手術療法と化学療法です。
●手術療法
 卵巣がん(上皮性)と診断されたら、比較的早期に基本手術(子宮全摘(ぜんてき)、両側の卵巣卵管摘出(てきしゅつ)、大網切除(たいもうせつじょ)、リンパ節郭清術(せつかくせいじゅつ)など)を行ない、できるだけ残っている腫瘍を少なくするほうがよいでしょう。さらに、他の臓器をいっしょに切除することもよくあります。
 一方、若い人に多く発生する胚細胞腫瘍の場合は、妊娠する可能性を残した卵巣の保存手術も可能です。
●化学療法
 化学療法には、手術の後に行なう補助化学療法と、手術できる可能性の少ない進行がんに行なう術前化学療法に区別されます。手術後の補助化学療法は、ふつう3~4週間隔で3~6コースの投与が行なわれます。
 使用される薬剤は、白金製剤のシスプラチンを中心とした三者併用のCAP(シクロホスファミドアドリアマイシン、シスプラチン)が一般的です。最近では、タキソールも有効です。
 化学療法の副作用には、白血球(はっけっきゅう)・赤血球(せっけっきゅう)・血小板(けっしょうばん)の減少、消化器症状(吐(は)き気(け)、嘔吐(おうと))、脱毛などがありますが、脱毛以外は薬剤の使用により改善が可能です。また、脱毛は再び生えてくるので心配はありません。副作用の心配より、むしろ、積極的な化学療法を行なうほうが予後の改善につながります。
 なお、放射線療法は、卵巣がんの場合は特別な腫瘍と部分的な再発にかぎって行なわれます。
●日常生活の注意と予防
 卵巣がんの手術後、退院が許可されてからはとくに心配することはありませんが、白血球の減少がある人は、免疫力(めんえきりょく)が低下しているので注意が必要です。また、手術による腹腔内の癒着(ゆちゃく)が考えられるときには、消化不良の原因となるものはできるだけ食べないようにしましょう。
 予防としては、定期検診をしっかり受け、卵巣腫瘍の早期発見に努めることがたいせつです。

出典 小学館家庭医学館について 情報

内科学 第10版 「卵巣がん」の解説

卵巣癌(子宮頸癌・子宮体癌・卵巣癌)

定義・概念
 卵巣から発生する悪性腫瘍で,その多くは骨盤内の腫瘍性病変として認められる.
分類
 その発生由来によって,表層上皮性・間質性腫瘍,性索間質性腫瘍,胚細胞腫瘍,転移性腫瘍などに分類される.
原因•病因
 強い関連性を示す単一のリスク因子は存在せず,複数の因子が関与していると考えられている.ただし,家族性に発症する乳癌・卵巣癌症候群では,BRCA1,BRCA2遺伝子の変異が高頻度に認められる.婦人科疾患では,骨盤内炎症性疾患,多囊胞性卵巣症候群,子宮内膜症がリスク因子として指摘されている.その他の因子として,肥満,排卵誘発薬,出産歴がないこと,ホルモン補充療法があげられている.
疫学
 好発年齢は組織型によって異なり,表層上皮性腫瘍の場合は40~60歳代である.一方,胚細胞腫瘍の場合は20~30歳代であり,ときに妊孕性温存の問題がある.
臨床症状
 おもな症状は,腹部膨満,腹部腫瘤,下腹部痛などであるが,その解剖学的位置から無症状のことも多い.約半数の症例は,進行期癌として発見されるため,癌性腹膜炎による腹水貯留や胸水貯留による呼吸困難が主訴であることもしばしばある.
診断
 超音波断層法により,骨盤内腫瘍の囊胞内の充実部分や壁の不整な肥厚が認められた場合には悪性が示唆される.さらにCT,MRI検査で,腫瘍の質的診断やリンパ節転移や播種病巣など卵巣外病変の有無も検索する.腫瘍マーカーは,表層上皮性腫瘍の場合は,CA125,CA602,CA72-4,CA546,STNなどが,性索間質性腫瘍の場合はエストラジオール(E2)が,胚細胞腫瘍の場合はAFP,hCGなどが上昇する.ただし,上皮性卵巣癌の腫瘍マーカーとして頻用されるCA125は子宮内膜症,月経,妊娠などの非腫瘍性病変でも上昇することに注意が必要である.
鑑別疾患
 良性卵巣腫瘍,卵管癌,転移性腫瘍,結核性腹膜炎などが鑑別疾患にあげられるが,卵管癌は卵巣癌と同様の治療が行われる.
治療
 原則として手術が行われる.悪性が疑われる場合は,術中迅速病理診断の結果を確認した上で術式が決定され,基本術式(両側付属器摘出術,子宮全摘出術,大網切除術)と病期決定開腹術(staging laparotomy)が行われる.進行期癌では,加えて最大限の腫瘍減量を目指した腫瘍減量術(debulking surgery)が行われる.術後化学療法として,主としてパクリタキセルとカルボプラチンの併用療法が行われる. 妊孕性温存術式を行う条件は,標準術式でないことのインフォームド・コンセントが行われた上で,Ⅰa期,グレード1以下の症例を対象に,患側付属器切除術,大網切除術,腹腔細胞診に加え,対側の卵巣やリンパ節を含む各所の生検が腫瘍減量術として行われる.
予後
 各進行期における5年生存率は,Ⅰ期80~90%,Ⅱ期50~60%,Ⅲ期30~40%,Ⅳ期10~20%程度である.[青木大輔・森定 徹]
■文献
日本婦人科腫瘍学会編:卵巣がん治療ガイドライン2010年版,金原出版,東京,2010.
日本産科婦人科学会編:子宮内膜症取扱い規約 第2部 第2版,金原出版,東京,2010.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

四訂版 病院で受ける検査がわかる本 「卵巣がん」の解説

卵巣がん

 かなり進行するまで自覚症状がなく、早期発見の難しいがんのひとつです。以前は罹患者数が少なかったのですが、検査機器の進歩で最近は多くみつかるようになりました。近い将来、死亡数で子宮がんを逆転する可能性もあると推測されています。

●おもな症状

 早期ではほとんど無症状。進行した場合、腹部膨満ぼうまん感、下腹部の痛み、排尿障害、便秘など。腹膜に転移すると腹水がたまります。その他、貧血、体重減少などがあります。

①超音波/腫瘍マーカー

  ▼

②CT/MR/PET-CT

画像診断と腫瘍マーカーが中心

 婦人科の内診や直腸診によって、卵巣のはれやしこりに触れる場合もあり、これから発見されることもあります。たいていは画像診断と腫瘍マーカーが中心になります。卵巣は体の奥のほうにあるため、検査器具を挿入することができず、判定を難しくしています。それでも、腹部超音波(→参照)や腹部CT(→参照)、MR(→参照)、PET-CT(→参照)などを組み合わせて絞り込んでいくことで、がんの有無、大きさ、腹水の有無などがわかります。良性・悪性の区別もおおむね見当がつきます。とくに経腟超音波は、小さな腫瘍の鑑別に有効です。

 腫瘍マーカー(→参照)としては、CA125 が高い陽性率(全卵巣がんで80%)を示し、そのほかCEAなども腫瘍の種類によっては使われています。腹水がたまっている場合では、穿刺せんし吸引細胞診(細い針を刺して細胞を採取し、病理検査する)を行い、診断に役立てます。

出典 法研「四訂版 病院で受ける検査がわかる本」四訂版 病院で受ける検査がわかる本について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「卵巣がん」の意味・わかりやすい解説

卵巣癌
らんそうがん
ovarian cancer

卵巣は親指の頭くらいの大きさで,良性から悪性まで多種多様の腫瘍 (しゅよう) が発生する。このうち,卵巣癌は若年者から老年までいずれの年齢でも起こる。症状は,初期には無症状のことが多く,発見が難しい。腫瘤 (しゅりょう) が腹部いっぱいになるほど大きくなったり,腹水がたまってきたり,下腹痛が起こって初めて発見される場合が多い。たまたま受けた産婦人科検診で異常を指摘されることもある。最近では超音波検査や CTで腫瘤の性質もある程度まで診断できるようになり,血液中の卵巣癌に特有な物質 (腫瘍マーカー) も測定されるようになった。治療は,可能であれば手術療法を行なって腫瘤を摘出するが,抗腫瘍剤も使用される。しかし,卵巣癌は早期に癌性腹膜炎などに移行しやすく,現在のところ治療成績は満足できるものではない。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の卵巣がんの言及

【卵巣腫瘍】より

…卵巣を形成しているおもな細胞,組織には表層上皮,卵細胞(胚細胞),性索間質(顆粒膜,莢膜細胞),間質(結合組織)などがあるが,これらがそれぞれ腫瘍化しうる。表層上皮の腫瘍化したものには卵巣囊腫や卵巣癌などがあり,最も発生頻度が高く,卵巣腫瘍全体の約2/3を占める。卵細胞の腫瘍化は一般に,20歳前後の比較的若い人に発生することが多い。…

※「卵巣がん」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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