和氏の璧(読み)カシノタマ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

和氏の璧
かしのたま

古代中国の名玉の一つで、隋(ずい)侯の珠(たま)と並んで天下の名玉と称された。春秋時代、楚(そ)の人卞和(べんか)が楚山で原石を得た名玉で、和はこれを時の厲(れい)王に献上したが、王はこれを玉人に鑑定させて玉と認めず石とし、そのうえ詐(いつわ)りをなす者として和の左足を切って罰した。にもかかわらず和は次代の武王にふたたび献じ、同じ罪科で右足も切り落とされてしまった。次の文王のとき、和は楚山の下でそのあら玉を抱きつつ三日三晩泣き明かし、涙も枯れ果てて血を流すに至った。王がその理由をただすと、和は「足を切られたのを悲しむのではない。宝玉なのに石といわれ、貞節の士なのに詐り者とされたのが悲しい」と訴え、ここに初めて歴史に残る天下の名玉として認められることとなった。『韓非子(かんぴし)』「卞和篇(べんかへん)」にみられる故事であるが、のち秦(しん)の昭王が15の城と交換しようとした故事により、「連城の璧」ともよばれる。

[田所義行]

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故事成語を知る辞典の解説

和氏の璧

めったに手に入らない、とても価値があるもののたとえ。

[使用例] モウ連城のを手に握ったようなもので、れから原書は大事にしてあるから如何にも気遣はない[福沢諭吉*福翁自伝|1899]

[使用例] 玄白の目には涙が光った。彼のよろこびは、連城の玉をるよりも勝っていた[菊池寛*蘭学事始|1921]

[由来] 「韓非子―和氏」に見える話から。中国の春秋時代、の国の卞和べんか(和氏)という人物がある石を見つけ、磨けばとても美しい宝石(璧)になると考えて、王に献上しました。しかし、専門家の鑑定では、それは宝石ではないとのこと。卞和はうそをついたとされ、罰として左足の筋を抜かれてしまいました。次の代の王に献じても結果は同じで、今度は右足の筋を抜かれてしまいます。その次の代の王の時、卞和が泣いているところに、王が通りかかって、その理由を尋ねたところ、「宝石なのにそれが認められず、正直者なのにうそつき呼ばわりされるのが、悲しいのです」という返事。気になった王が試しにその宝石を磨かせてみたところ、美しい宝石になったということです。この宝石は、後に、いくつもの城と交換できるほど価値があるとされたところから、「連城の璧」とも呼ばれるようになりました。

[解説] ❶宝石でさえ、真価が認められるまでにはこれほどの苦労がある、ましてや人間の真価に至っては……、というのが「韓非子」の言いたいこと。その苦労が、宝石や人間の価値を更に上げるのでしょう。❷後の時代に、この璧をめぐって、ちょうしんという二つの国の間に生じた争いから、生まれたのが、故事成語としての「完璧です。

〔異形〕連城の璧。

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