営造物概念と国公立大学(読み)えいぞうぶつがいねんとこくこうりつだいがく(その他表記)the theory of “Öffentliche Anstalt” and national and local public universities

大学事典 「営造物概念と国公立大学」の解説

営造物概念と国公立大学
えいぞうぶつがいねんとこくこうりつだいがく
the theory of “Öffentliche Anstalt” and national and local public universities

[営造物とは何か]

日本の国公立大学は,2004年(平成16)4月以降の国立大学法人公立大学法人への移行に至るまで,戦前・戦後を通じ国や地方公共団体の機関であり,行政法学上は「営造物」に当たると説明されてきた。「営造物」とはドイツ行政法学にいう「Öffentliche Anstalt」の訳語であり,国や地方公共団体といった行政主体により特定の公の目的に供用される人的・物的施設の総合体であるとされる。また法人格の有無により,独立営造物と非独立営造物に分かれ,前者は営造物法人とも呼ばれる。この定義からすれば,国公立大学は,法人化により国や地方公共団体の機関でなくなった現在でも,なお営造物または営造物法人にあてはまるということができ,裁判例の中にも,国立大学について,国立大学法人が設置する学校となった後も,国が財政基盤を整え,運営の大枠に関与する公の営造物であると述べるものがある(東京高裁平成19年3月29日判決)

 ただし以下にみるように,今日,国公立大学をめぐる問題は,実定法上の規定がある場合はともかく,営造物の概念を用いなくても「公の施設」等の問題として構成すれば足り,その方が現行法の体系に則していると考えられる。営造物概念は,行政法学上もあまり使われなくなっている。

[営造物と特別権力関係論]

伝統的な公法理論によれば,営造物とその職員や使用者との間には,一般的な統治関係とは異なる特別権力関係が生じ,職員や使用者は特別権力主体たる営造物が行使する包括的な支配権に服することを求められ,一般の国民に保障される権利や自由を法律の根拠なく制約されてもやむを得ないと考えられていた。刑事施設被収容関係(在監関係)や公務員関係は,特別権力関係論により説明される典型的な例である。第2次世界大戦前は,官立大学における学生の在学についても,営造物たる大学の利用と位置付けられ,そのような営造物利用関係に立った場合,特別権力関係が生じて一般の市民法秩序が排除され,大学の定める規則に学生が違反すれば,退学・停学等の処分対象となる上,こうした処分は司法審査による救済対象から除かれるとされた。営造物の利用者たる学生は,行政の営造物設定行為により反射的利益を受けるに過ぎず,営造物を利用する権利を主張できるわけではないと考えられたのである。

 第2次世界大戦後になっても裁判例では,営造物である国公立大学における学生の在学関係等が特別権力関係論で捉えられる傾向がしばらく続いた。たとえば,京都府立医科大学における放学処分の取消が争われた訴訟の1953年(昭和28)の控訴審判決は,国立または公立学校の学生生徒について,学校という営造物の利用者と位置付け,営造物である学校の設置者としての国または地方公共団体と特別権力関係に立つとした上で,本人の自由意思に基づいてこの関係に入ったものであるから,放学処分により特別権力関係(営造物利用関係)から排除されても,これに対して裁判所に訴を提起することは許されないとしている(大阪高裁昭和28年4月30日判決)

 しかし,法的根拠なく国民の権利の制約を認めるという特別権力関係論に対し,学説上は,法の支配と基本的人権の尊重を掲げる日本国憲法下では妥当し得ないとの考え方が有力であり,特別権力関係の概念を用いずとも,一般的権力関係における人権の制約の問題として議論すればよいとの指摘がある。「特別権力関係」の語も次第に用いられなくなっており,最高裁は,1977年の富山大学単位不認定等違法確認請求事件において,大学における授業科目の単位授与行為には司法審査が及ばないとする結論を導き出すに当たり,特別権力関係論を用いず,部分社会の法理に基づき,国公私立を問わず大学が一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成していると指摘した上で,自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の係争は,一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題に留まる限り,その自主的・自律的な解決に委ねるのを適当とし,司法審査の対象から除かれるという論理構成を採用した(最高裁昭和52年3月15日判決)。ただし,部分社会の法理についても,多様な団体・機関を一括りに「部分社会」として扱っている上,その内部のさまざまな紛争に一律に司法審査が及ばないとする理由が不明確であるなどの指摘がなされ,学説上,今日では疑問が持たれている。結局のところ,国公立大学の内部の関係に司法審査が及ぶか否かは,各機関の目的・機能や法的紛争の性質等に照らし,個別具体的に検討することが求められるだろう。

[公の施設概念の導入]

地方自治法(昭和22年法律第67号)では,1963年(昭和38)の改正以降,公衆の利用に供する営造物について,行政的側面と財産的側面を峻別し,後者については公有財産として捉え,前者については,従来の「営造物」に代えて「公の施設(日本)」の語を用いることとした。同法244条1項の規定により,普通地方公共団体は,住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設として「公の施設」を設けるものとされ,公立大学をはじめとする公立学校も公の施設に含まれると解されている。また同条2項では,設置者たる普通地方公共団体は,正当な理由なく,住民による公の施設の利用を拒んではならないと規定し,住民の公の施設利用権(日本)を認めているので,公の施設である公立大学における退学処分等は,公の施設利用権の侵害の問題として司法審査に服することになる。

 裁判所は,国立大学も「公の施設」に相当するものとして捉えており,たとえば前出の富山大学事件において,最高裁は単位授与行為を司法審査の対象外とする一方で,専攻科の修了認定行為については,大学が認定をしない場合,一般市民としての学生の国公立大学の利用を実質的に拒否することになり,学生が一般市民として有する公の施設を利用する権利の侵害に当たるとして,専攻科修了の認定・不認定に関する争いが司法審査の対象となることを認めている。「公の施設」の概念を用いることにより,かつて営造物利用関係として議論されていた問題がかなり整理されたといえる。

[営造物と国家賠償法]

ほかに検討すべき点としては,国家賠償法(昭和22年法律第125号)2条1項の規定との関係が挙げられる。同規定は,道路,河川その他の公の営造物の設置または管理に瑕疵があった場合の国または公共団体の賠償責任について規定しており,法人化前の国立大学の設置管理に係る施設設備等の瑕疵に由来する損害には当該規定が適用されてきた。ただし,同規定にいう「公の営造物」は,講学上の一般的な「公の営造物」概念とは異なり,人的要素等を含まず,有体物ないし物的施設のみを指すと解されている点に注意が必要である。学説はほぼ一致して,当該規定にいう「公共団体(日本)」には,行政主体性を有する営造物法人たる国立大学法人や独立行政法人も含まれるとして,国立大学法人の設置・管理に係る施設設備等はここでいう「公の営造物」に当たり,同規定の適用を受けると考えている。
著者: 寺倉憲一

参考文献: 高木英明『大学の法的地位と自治機構に関する研究―ドイツ・アメリカ・日本の場合』多賀出版,1998.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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