特別権力関係
とくべつけんりょくかんけい
特別の公法上の法律原因に基づいて成立し、特定の目的に必要な限りで、その主体に包括的な支配権が認められ、特定の者がこの支配に服することを内容とする関係。これに対して、人が、なんら特別の原因によらず、国または地方公共団体の統治権に当然に服することによって成立する関係を一般権力関係という。伝統的な行政法学では、行政と国民の関係は権力関係と非権力関係に分けられ、前者は一般権力関係と特別権力関係に分けられてきた。
特別権力関係の成立する法律原因としては、法律の規定に基づく場合(感染症患者の強制入院、受刑者の在監関係など)と、本人の同意に基づく場合(国・公立大学への入学、国・公立病院への入院、公務員の任命など)があげられてきた。ただし、大学や病院は、法人化により、権力関係というよりも、契約関係に移行したので、今日では、特別権力関係というよりも、民間にもみられる、包括的な同意関係というべきであろう。
その特色は法治主義の排除、つまり、一般権力関係では人権を制限するには法律の根拠が必要であり、それは司法審査に服するが、特別権力関係内部においては、法律の根拠に基づくことなく基本的人権を制限でき、司法審査も制限されるとする点にある。たとえば、これまでは、大学内の集会の制限、病院内の面会時間・就寝時間等の規制、図書館の利用規則、学校の学生・生徒心得などが法律に基づくことなく人権を制限している例とされてきた。
しかしもともとこの理論は、19世紀後半の外見的立憲君主制下のドイツで、官吏の君主に対する無定量の服従義務を正当化するために考えられたもので、反法治主義的性格を有したため、法治主義の徹底を志向する現行憲法の下では、法律によらずに人権を制限できるという一般理論は妥当とは思われない。そこで、この理論は第二次世界大戦後は西ドイツでも批判され、日本でも昭和30年代から批判説が有力となった。たとえば、公務員関係は公務員法により詳細に規律されているから、「特別」の関係というより、「一般」の関係であり、そこにみられる「権力」も民間の雇用関係にみられる「権力」と異ならず、国家権力ではない。監獄関係も、法律で詳しい規制がなされているので、法治主義の外の裁量という説明は妥当しない。特別権力関係とされてきた領域では、確かに行政主体が法律に基づくことなく、命令し、人権を制限することができるが、それは法律の包括的な委任によるともいえるし、あるいは一種の付合契約と説明できるものであって、けっして「特別」の「権力」関係ではない。ただ行政の裁量が広い場合が多いというにとどまる。その法律関係の内容は特別権力関係などという一般論ではなく、個々の領域ごとの検討により個々に解明されるべきである。公法・私法共通の特殊な法律関係ともいえる。法人化された大学・病院についてはこの説明の方が妥当になっている。
判例は、第二次世界大戦後しばらくは特別権力関係論と同様の発想にたつものが多かったが、その後は実質的にはこの理論を否定し、人権の制限について審査する例が多くなった。公務員の免職・停職・戒告処分、国・公立学校の学生に対する退学・停学処分は法律上の制度であるためもあって、すべて司法審査に服する。ただ、これまで国立大学関係で、授業科目の単位不認定は司法審査の対象とならず、専攻科修了の不認定は司法審査の対象となる(昭和52年3月15日最高裁判所第三小法廷判決)ことは、「特別権力関係内部の行為は内部行為として司法審査せず、単にその関係から排除する場合にのみ司法審査するという伝統的な理論が残っている場合もある」と説明されてきたが、国立大学の法人化により私立大学と同視すべきことになったため、「契約関係ではあるが、軽微なものは大学の裁量に任されている」と説明することとなるのであろう。
[阿部泰隆]
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特別権力関係 (とくべつけんりょくかんけい)
ドイツ行政法のbesonderes Gewaltverhältnisに由来する概念であって,明治憲法下の日本行政法学によっても用いられた。特別の法律上の原因(法律の規定または当事者の同意)に基づいて,一定の範囲で一方当事者が他方を包括的に支配し,相手方がこれに服従しなければならないことを内容とする関係。
このような関係は一般の民事関係でも,例えば親子関係などにみられるが,特別権力関係というのは通常は公法関係のそれを指す。具体的には,官吏と国家の公法上の勤務関係,国・公立学校の生徒と学校の関係などがあげられる。個人と国家の通常の関係(一般権力関係)においては法治主義が妥当し,国家が権力的に個人の自由を制限するようなときには法律の具体的な根拠が必要であり,限定的ではあれ明治憲法下でも行政裁判所の救済を受けることができたが,特別権力関係においてはその関係の目的の範囲内では法治主義は排除され,権力者は包括的な下命権を有し,服従者がその義務に違反するときは懲戒という制裁(その最も厳しいものが,免職,退学などである)を受けるべきものとされ,かつ裁判的救済は認められないとするものであった。
基本的人権の保障,法治主義の徹底を旨とする日本国憲法の下で,このような内容をもつ特別権力関係の概念が存続しうるかどうかに疑問がだされるようになり,現在ではこの概念を維持する学説も権力者の支配権の及ぶ範囲を限定し,また単純な内部規律の範囲を超えるもの(たとえば,学生の退学処分)については司法審査を認める等,一般権力関係と対比した場合概念の内容はかなり相対化されている。判例でも,かつての特別権力関係論をそのまま適用するものはなく,用語としても用いない場合が多い。また,公務員関係とか在学関係についてはむしろ私人間における同種の関係とあわせてその特殊性を探求すべきであるという見解も強い。
執筆者:塩野 宏
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「特別権力関係」の意味・わかりやすい解説
特別権力関係【とくべつけんりょくかんけい】
一般権力関係(一般国民としての地位における国家権力との関係)に対する概念として,国・公共団体と公務員,国立大学と学生,国・公立病院と入院患者との関係など,法律の規定,本人の同意など特別の原因に基づき,当事者の間に成立する公法上の特別の包括的な支配・服従関係。1960年代以降,憲法上の人権保障の強化や,権力行使に対する法治主義原則の貫徹という見地から批判が強まり,現在は,問題の法律関係ごとに,関係法制とその特質に応じた条理解釈をすべきものとされ,包括的支配関係を認めるべきでないとする考え方が有力である。
→関連項目懲戒
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特別権力関係
とくべつけんりょくかんけい
besonderes Gewaltverhältnis
特別の法律上の原因に基づき,公法上の特別の目的に必要な限度において,特定の者に包括的支配権が付与され,法治主義の原理の適用が排除される関係。原因は法律の規定または当事者の同意で発生する。国または公共団体と一般国民との間にある一般的支配服従関係に対する概念である。ドイツの官吏制度に由来し,大日本帝国憲法時代に日本に導入された観念で,通常公務員の勤務関係,受刑者の収監関係,伝染病患者の国公立病院への入院関係,国公立学校の学生の教育関係および学校施設の利用関係などがこれに属するとされる。しかし,現行憲法においては法治主義の貫徹,基本権の尊重の観点から,このような考えを再検討する説が一般的である。
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世界大百科事典(旧版)内の特別権力関係の言及
【基本的人権】より
… 職場や地域などの社会集団のなかで自由の抑圧・差別などの人権侵害をなくするには,上にあげたいずれかの方法をとるにしても,なんらかのかたちで国家権力の積極的な役割が期待されており,したがって,そこでは[私的自治の原則]との調整が重要な課題である。
[特別の法律関係と人権]
ふつう人は国や地方公共団体とのあいだで一般的な法律関係または一般権力関係にあるが,特定の人々はそのほかに特別の法律関係または[特別権力関係]に立っている。特別の法律関係は,公務員や国・公立学校の学生のように,自由意思によって成立する場合と,受刑者の在監関係のように法律の規定に基づいて成立する場合がある。…
※「特別権力関係」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」