労働者が団結し,みずから選んだ代表者を通じて,雇用・労働条件につき,使用者または使用者団体と取引または交渉をすることをいう。個人的な取引や個人別交渉に対比される概念であり,団体交渉に当たって労働者を集団的に代表する組織は,通常は労働組合である。労働者は一般的に個人交渉によっては,経済的優位に立つ資本家や使用者に対して対等の立場で雇用・労働条件の取引をすることができない。そこで労働者はまず団結し,個別交渉による労働者相互の間の競争を制限し,また場合によってはストライキによる労働力の売止めを行う力を背景にして団体交渉を行い,資本家や使用者との取引のうえで対等の立場に近づくことができる。こうして,かつては資本家や使用者が一方的,かつ恣意(しい)的に決めていた雇用・労働条件の決定に対して,労働者は発言し,参加し,規制を加えることが可能になる。また,団体交渉によってのみ,労働者側からみて望ましい雇用・労働条件の標準化と普及を図ることができる。労働組合の第1の機能は,労働力の売手である労働者の集団的組織として労働市場の統制を行うことであるが,それは団体交渉による雇用・労働条件の決定を行うことによって果たされる。
近代的な労使関係の最も基本的な条件は,団体交渉が労使の間に発生する諸問題を処理し,解決するための制度として尊重され,安定した形で機能していることである。そのための前提は,労働者が団結する権利,団体交渉を行う権利,および交渉力の裏付けとしてのストライキなどの団体行動を行う権利が,慣行または法律的保障によってしだいに形成され確立することである。近代的な民主主義国では,それらは労働組合運動の発展の結果として,程度の差こそあれ,しだいに定着し普及して,そのことが産業民主主義の支柱となっている。
日本の場合は,第2次大戦後,団体交渉権は,団結権,争議権とならび,憲法28条により勤労者の労働基本権として確立された。また日本の労働組合法は,この団体交渉権を実質的に保障するため,使用者が正当な理由なく団体交渉を拒むことを不当労働行為とし,団体交渉権の侵害を受けた労働者および労働組合に対し,労働委員会を通ずる救済を行うこととした(7条)。この権利は,一定の事業体,たとえばある企業の従業員を組織する多数派の組合のみならず,少数派の組合や,労働組合ではない争議団にも認められている。また,団体交渉の結果として取り決められた雇用・労働条件を一定期間保障する文書としての労働協約または団体協約collective agreementが締結されるが,この労働協約に定める雇用・労働条件の基準は,個人的労働契約や使用者が決める就業規則に優先する効力をもち,労使関係を律する最高の自治的法規の役割を果たす(労働組合法16条)。さらに,ある労働協約が一つの工場や事業場または一つの地域で常時使用される同種の労働者の一定の大多数に適用されるにいたったときは,残余の同種の労働者に対してもその労働協約が適用されることになる。これを労働協約の一般的および地域的拘束力(同法17,18条)とよぶ。
このように団体交渉は,かつて使用者が一方的かつ専断的に決定してきた雇用・労働条件を,労使双方がより民主的に決定するものであるから,使用者または経営者のいわゆる経営権を制限する作用をもつ。したがって多くの使用者は,団体交渉を受け入れざるをえない場合にも,彼らが一方的に決定できる事項,すなわち経営専決事項に固執し,その範囲の維持を図ってきた。これに対し労働組合は,団体交渉で取り上げ,決定する事項,すなわち団体交渉事項の種類と範囲の拡大に努めてきた。労働組合運動と団体交渉慣行が発展するにともなって,経営専決事項の範囲は縮小し,逆に団体交渉事項の範囲は拡大し,その取決めの内容もしだいに詳細になっていった。そのことが産業民主主義の発展と成熟に向かっての世界史的な動向だといってよい。
ところで,団体交渉がどれほど有効に機能するかということは,全般的には国民経済の好・不況や労働市場の需給状況によって大きく左右されるが,特定の市場状況のもとでは,交渉の当事者の一方である労働組合の組織勢力とその団結の固さ,組合の下部組織や組合員に対する指導力や統制力,組合幹部のリーダーシップや政策形成能力,ストライキ資金などの組合財政の状況など,および他方の当事者である使用者や経営者とその団体が労働組合に対応してもつ組織力や内部の統制力や政策の有効性や資金や収支状況など,双方が全体としてもつ交渉力の強弱に大きく依存する。それとの関連で問題になるのが団体交渉の構造である。団体交渉の構造は,労働市場・製品市場の制度や仕組み,労働組合の組織形態および組合内部の権力構造,それに対応する使用者側の組織と権力構造,交渉当事者間に発展してきた歴史的慣行などの諸要因によってさまざまであるが,中心的な問題は,いかなるレベル(次元)の組織が,どの範囲の労働者と使用者を代表して,なにを交渉し決定するか,ということ。
交渉のレベルとしては,全国交渉,地域別・地方別交渉,職業別・職種別交渉,産業別交渉,企業別交渉,工場別交渉,職場交渉などがあるが,産業別組合や一般組合の発展にともなって,標準賃率や労働時間などの基本的労働条件は全国組合本部に中央集権化される傾向が進んだ。けれども,標準賃率を上回る賃率,付加給は,作業条件や作業環境,企業・工場内労働力資源の開発や配分,雇用の量質の調整,福利厚生施設など,個別的な企業・工場に多少とも具体化され特定化された雇用・労働条件を交渉する,企業別・工場別の団体交渉の重要性が増大する傾向がある。産業別交渉の典型は,産業別労働組合の全国本部が,それに対応する全国的または地域的な産業別使用者団体を相手とし,あるいは全国的規模をもつ寡占的大企業との間で直接交渉を行うものであるが,この産業別交渉では個別企業ないし工場の特殊・具体的労働条件を交渉するのには限界がある。そのため,産業別組合の工場支部による工場別交渉か,あるいは労働組合の組織とは相対的に独立した工場委員会work councilによる工場別交渉や労使協議制が発展し,そのことは,労働組合内部の統制問題や,正規の組合組織とそれとは別の労働者の職場集団や職場委員との摩擦や紛争をしばしば惹起(じやつき)した。
日本では,労働組合の基本的組織形態が企業別組合であり,上部団体は一般に企業別組合を構成単位とする産業別連合体であるため,企業別組合に対する統制力が弱いことや,使用者が一般に上部団体の介入を忌避する政策に固執してきたため,団体交渉の通常の形態は企業別交渉であって,欧米型の産業別交渉は全日本海員組合と若干の船主団体の行うものがあるにすぎない。けれども1955年以降の〈春闘〉に代表される労働組合の統一行動の発展や,労働市場の需給関係の逼迫(ひつぱく)による雇用・労働条件の標準化の進行により,なお制度的には部分的ではあるが,実質的な産業別交渉が私鉄,繊維,保険,鉄鋼,電機,造船,自動車,ビールなどの業種に発展した。
日本の企業別交渉は,労使協議制と併存することにより,労使間の意思疎通と情報交換の効率的制度として機能し,そのため,技術革新や産業構造の変化に適応性が高く,生産性向上に貢献し,ひいては国民経済的な諸要求に適合する特徴をもつ。しかし団体交渉慣行の未成熟な一部の労使関係のもとでは団体交渉自体が労働争議と不分明で,労使間に摩擦と緊張をもたらす場合もある。
執筆者:白井 泰四郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
労働組合と使用者または使用者団体との間で、労働条件をはじめとする労使関係上の諸問題をめぐって行う交渉をいう。個別的な関係では使用者に対して弱い立場にある労働者は、労働組合を結成し、その力を背景とした団体交渉によって初めて使用者と対等の立場で交渉し、労働条件の維持・改善、その他労働者の地位の向上を図ることができる。
歴史的にみれば、使用者はつねに労働組合との団体交渉を拒否してきたし、あえて交渉を強要すれば、労働組合は面会強要罪、建造物侵入罪などの刑事責任を問われた。したがって、団結権が承認されたことは、使用者が労働組合を団体交渉の相手方として承認すること、また、交渉の実行行為者に対し刑事・民事責任を問わないことを意味していた。
今日では、団体交渉は労働組合が労使関係上のあらゆる問題を解決するためのもっとも中心的な手段であり、団結権の保障により、使用者は労働組合と誠実に交渉する義務があることから、団体交渉が自主的な労使関係のルールを形成するうえで果たす役割は大きい。
日本では、憲法第28条が労働者の団体交渉権保障を規定していることから、団体交渉権は規模の大小を問わずすべての労働組合に保障される。また、同条が「団体交渉その他の団体行動をする権利」を保障すると規定していることから、団体交渉に伴う一定の団体行動に対しては刑事・民事免責が認められる。
憲法の団体交渉権保障を受けて、労働組合法第1条は、「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成することを目的」とし、第7条2号で使用者による団交拒否を不当労働行為の一つとして規定し、労働委員会による行政救済を設けている(27条)。団体交渉に誠実に応じようとしない使用者に団交応諾義務を課すことで、憲法の団交権保障を具体化しているのである。しかし、使用者の団交応諾義務はかならずしも妥結・協定締結義務までも含むものではなく、団体交渉がまとまらないときは争議行為を通じて問題の解決が図られることになる。
公務員の場合には団体交渉権が保障されているにもかかわらず、登録された職員団体しか団体交渉を行えない。そのうえ、交渉事項が限定されているばかりか、労働協約の締結権さえ否認されている(国家公務員法108条の5、地方公務員法55条)。さらに、公務員は団体交渉を支える争議権が全面的に剥奪(はくだつ)されているので、その団体交渉はいわば「陳情」に近い性格のものとなっている。
団体交渉が実際にどのような方式で行われるかは、労働組合の組織形態や労使関係のあり方に規定される。一般に西ヨーロッパにおいては、労働組合が企業の枠を超えた個人加盟の産業別組織形態をとっていることから、団体交渉も産業別団体交渉方式となっている。産業別交渉が制度化するにしたがい交渉機構の中央集権化と職場組織の空洞化が進み、職場の労働者の要求に立脚した職場レベルの交渉の構築・強化が、各国の労働組合運動の大きな課題となってきた。
これに対し日本の団体交渉は、労働組合が企業別組織形態であることから、個別企業と企業別組合による企業内交渉が支配的であった。この企業別交渉の弱点を克服する方向として、統一交渉、対角線交渉、共同交渉、集団交渉などの産業別組織が関与した交渉方式もとられてきた。近年、「地域ユニオン」や「管理職ユニオン」などの合同労組は、非正規労働者などをひとり組合員として組織し、その労働者が雇用されている企業と交渉をすることで、個別・具体的な問題解決を図っているが、こうした交渉形態は従来の企業内交渉の枠を超えるものとして注目される。
[寺田 博]
『石井照久著『労働法実務大系4 団体交渉・労使協議制』(1972・総合労働研究所)』▽『『野村平爾著作集3 団体交渉と協約闘争』(1978・労働旬報社)』▽『日本労働法学会編『現代労働法講座4 団体交渉』(1981・総合労働研究所)』▽『光岡正博著『団体交渉権の研究』新訂版(1986・法律文化社)』▽『青木宗也ほか著『労働判例大系12 団体交渉』(1992・労働旬報社)』▽『初岡昌一訳・解説『結社の自由と団体交渉――ILO条約勧告適用専門委員会報告』(1994・日本評論社)』▽『坂本重雄著『団体交渉権論』(1994・日本評論社)』▽『日本労働法学会編『講座21世紀の労働法第8巻 利益代表システムと団結権』(2000・有斐閣)』
(桑原靖夫 獨協大学名誉教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…一般には地域別と職場別に組織されており,職場別が多くなってきている。
【労働組合の機能】
労働組合が労働条件を改善する方法は大別して,(1)相互扶助,(2)団体交渉,(3)立法という3方法がある。相互扶助は労働者が失業や病気の際などに互いに助け合うことを通じて,生活難から低い労働条件で労働することを予防し,より高い水準を達成しようとする方法であり,団体交渉は使用者との集団的交渉を通じて目的を達する方法である。…
…旧労組法は,搾取と酷使から労働者を保護し,かつ生活水準の向上のため有力な発言権を得るための威信を獲得し,また児童労働のごとき弊害を矯正するに必要な措置を講ずるとのアメリカの方針に沿ったものであり,労働組合運動を苦しめてきた治安維持法および治安警察法は1945年10月15日および11月21日に廃止された。旧労組法は,警察官吏,消防職員および監獄において勤務する者の団結を禁止したものの,原則としてすべての労働者に団結権,団体交渉権および争議権を保障した。前衛政党は労働組合運動を民主化運動,戦争責任追求運動へと指導した。…
※「団体交渉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
各省の長である大臣,および内閣官房長官,特命大臣を助け,特定の政策や企画に参画し,政務を処理する国家公務員法上の特別職。政務官ともいう。2001年1月の中央省庁再編により政務次官が廃止されたのに伴い,...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新