国民総幸福量(読み)こくみんそうこうふくりょう(その他表記)gross national happiness

共同通信ニュース用語解説 「国民総幸福量」の解説

国民総幸福量(GNH)

物質的な豊かさではなく、国民の心の充実を追求しようとブータンが独自に設けた指標。ジグメ・シンゲ・ワンチュク前国王が1970年代に初めて提唱し、2008年の民主化時に施行された憲法で、指標向上が国家目標と明記された。指標の柱は/(1)/公正で公平な社会経済の発達/(2)/文化的、精神的な遺産の保存/(3)/環境保護/(4)/良い統治―の四つ。05年の国勢調査では国民の約97%が「幸せ」と回答した。世界各国でブータンにならい導入を検討する動きが出ている。(共同)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「国民総幸福量」の意味・わかりやすい解説

国民総幸福量
こくみんそうこうふくりょう
gross national happiness

ブータン国民の幸福を表す尺度。ブータン第4代国王ジグメ・シンギ・ウォンチュックJigme Singye Wangchuck(1955― )が提唱した国家理念。1972年の国王の「重要なのは国民総生産GNP)ではなく、国民の総幸福量の増大である」という発言から始まった。国民総幸福、国民総幸福感ともいい、GNHと略称する。GNHは国民の幸福に必要な要素として以下の4本の柱を設けている。(1)持続可能で公平な社会・経済の開発。(2)自然環境の保護。(3)伝統文化の保護と発展。(4)よりよい統治。仏教的な価値観や民族の伝統を背景に形づくられたこの4本の柱は、世界の経済成長至上主義の方向性を見直すと同時に、伝統的な社会や文化、自然や生活の環境を守ることが、最終的に国民の幸福につながるという考え方に根ざしている。ブータン政府にとって、この理念をいかに日常的な政策や実践レベルの計画として実現するかが大きな課題であり、政府は国民の感情の変化を数値化するため、幸福に必要な4本の柱をもとに、9分野72の指標を策定して質問票を作成し、2年ごとに国民8000人に対して面談による聞き取り調査を行っている。9分野は以下のとおりである。(1)心理的な幸福、(2)健康、(3)教育、(4)文化、(5)環境、(6)地域の活性や回復力、(7)日常の活動への時間配分、(8)生活水準や所得、(9)よりよい統治。回答内容は経年変化や地域差などといったさまざまな軸から統計処理が行われ、政府の継続的な5か年計画の策定に反映されている。

 この考え方が国際的に知られる契機となったのは、1998年の国連開発計画アジア・太平洋地域ミレニアム会議の基調演説によってである。以降、2004年にブータンで開かれたGNH国際会議には18か国から80名以上の参加者が集まり、GNH国際会議は、その後も世界各地で継続して開催されている。2006年12月、王位は息子の第5代国王ジグメ・ケサル・ナムギャル・ウォンチュックJigme Khesar Namgyel Wangchuck(1980― )に継承され、2008年に王政から議会制民主主義を基本とする立憲君主制に移行したが、GNHへの取り組みは変わることがなかった。ブータン政府はGNHの世界的な普及を目ざして活動を続けており、2012年(平成24)には日本政府がGNHに協調した研究を行い、普及を目ざす考えを示した。従来の国内総生産(GDP)という指標を検証する機会として、世界的に注目される社会の規準となっている。

[編集部]

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知恵蔵 「国民総幸福量」の解説

国民総幸福量

ヒマラヤの王国ブータンが独自の国家建設のスローガンとして打ち出した開発理念。国内総生産(GDP)のように経済発展の数値で示すのでなく、心の豊かさを示す「幸福度」を重視しようという考え方である。ワンチュク国王が1972年の即位直後から掲げている。ブータンは仏教に根ざした福祉国家の建設を目指しており、特に自然環境や独自の伝統文化の保護・継承を重んじている。庶民は公の場では日本の着物に似た伝統衣装を義務づけられている。男性は「ゴ」、女性は「キラ」と呼ばれる衣装だ。また、家屋建築も伝統的な様式美の維持が奨励されている。これらはインド、中国という大国のはざまで生き延びるため、国民のアイデンティティーを保つ狙いとされている。独自の文化と徹底した環境保護政策から観光客は増加しており、人口わずか約70万の小国としては経済は好調。1人当たりの国民所得は870ドルと、インドより大きい。このため、世界的に環境対策が重視されるようになった90年代になって、独自の発展に世界の注目が集まるようになった。首都ティンプーではGNHを研究するための国際会議もしばしば開かれている。物質的な豊かさと精神的な豊かさを共に示す基準としてGNH指標作りが、日本など先進国の学者らとの間で進められている。2005年の新憲法草案では国土の60%は森林として保存し、渡り鳥の保護などにも力を入れている。04年にはたばこの販売を禁止し、事実上の「禁煙国家」を宣言した。

(竹内幸史 朝日新聞記者 / 2007年)

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