〈とこぬしのかみ〉〈じしゅのかみ〉とも称する。その土地に土着し,〈ぬし〉としてその土地を伝統的に領有する神をいう。二つの社会集団・生活共同体が相接触した場合,その一方が他方の奉ずる神を制圧し統御する現象は,宗教史上世界各地に見られるところである。また,征服者もしくは進出者が,自分たちの奉ずる神と類似した属性をもつものとして,被征服者もしくは被進出者の神を同一化する現象もしばしば見られる。こうした二つの社会集団,生活共同体が別々に信奉していた二つの神が,一方の神が他方の神と同一のものと考えられることによって一つとされる融合現象,合体現象は,とくに地形上多くの狭小な集落が併存し,それぞれの集落がそれぞれの生活を営んでいた日本では顕著であったと思われる。例えば,秦氏の一族が北山城(京都府)に進出し,桂川に大堰を設けて葛野の平野を開墾した際に松尾の地に地主神たる大山咋(おおやまくい)神を氏の神としてまつり,深草には稲荷神を同じく氏の神としてまつっている。また,伝教大師(最澄)が比叡山を開いた際に,地主神たる大山咋神を山王神としてまつり,弘法大師(空海)が高野山を開いた際にも,地主神たる丹生都比売(にぶつひめ)神をまつっている。ともに地主神を守護神としてまつった例である。また,民間では〈地神(じがみ)〉〈地主様(じぬしさま)〉と称して,屋敷神とか土地開拓の神,あるいは先祖の霊などをまつった例がしばしば見られる。
→土地神
執筆者:大井 鋼悦
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土地神の一種。ジガミ、ジジン、ジノカミなどの名称がある。一般には田畑や屋敷を守護する土地神とみなされるが、その田畑の開発者の霊を祀(まつ)るとする伝承や、33年忌を終えた霊が屋敷の地主神となる伝承があることから、祖霊とみなされる場合もある。自然神としての土地神、人間霊としての祖霊の二面性が地主神にはある。田畑、山中、路傍、屋敷、墓地などに石や木や藁(わら)の祠(ほこら)、樹木があり、年間定時、臨時に祀られる。九州では盲僧が地神経を唱えに回檀する。関東では地神講が村々に結成されている。高知県土佐郡土佐町周辺では、家に病人が多く出たり、子供や牛が死ぬと、太夫(たゆう)が「地主」の祟(たたり)と告げるので、屋敷内に「地主」と刻んだ石祠を建てて正月と盆に祀る例がある。また無縁化した古墓を一か所にまとめて整理したときにも、そのそばに同様の石祠を建てて祀る。
[赤田光男]
『直江広治著『屋敷神の研究』(1966・吉川弘文館)』
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…こうした二つの社会集団,生活共同体が別々に信奉していた二つの神が,一方の神が他方の神と同一のものと考えられることによって一つとされる融合現象,合体現象は,とくに地形上多くの狭小な集落が併存し,それぞれの集落がそれぞれの生活を営んでいた日本では顕著であったと思われる。例えば,秦氏の一族が北山城(京都府)に進出し,桂川に大堰を設けて葛野の平野を開墾した際に松尾の地に地主神たる大山咋(おおやまくい)神を氏の神としてまつり,深草には稲荷神を同じく氏の神としてまつっている。また,伝教大師(最澄)が比叡山を開いた際に,地主神たる大山咋神を山王神としてまつり,弘法大師(空海)が高野山を開いた際にも,地主神たる丹生都比売(にぶつひめ)神をまつっている。…
…こうした二つの社会集団,生活共同体が別々に信奉していた二つの神が,一方の神が他方の神と同一のものと考えられることによって一つとされる融合現象,合体現象は,とくに地形上多くの狭小な集落が併存し,それぞれの集落がそれぞれの生活を営んでいた日本では顕著であったと思われる。例えば,秦氏の一族が北山城(京都府)に進出し,桂川に大堰を設けて葛野の平野を開墾した際に松尾の地に地主神たる大山咋(おおやまくい)神を氏の神としてまつり,深草には稲荷神を同じく氏の神としてまつっている。また,伝教大師(最澄)が比叡山を開いた際に,地主神たる大山咋神を山王神としてまつり,弘法大師(空海)が高野山を開いた際にも,地主神たる丹生都比売(にぶつひめ)神をまつっている。…
※「地主神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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