秦氏(読み)はたうじ

改訂新版 世界大百科事典 「秦氏」の意味・わかりやすい解説

秦氏 (はたうじ)

日本古代に朝鮮半島から渡来した氏族。秦始皇帝の裔を称し,後漢霊帝の子孫という漢氏(あやうじ)と勢力を二分した。《日本書紀》には,応神天皇のとき弓月君(ゆづきのきみ)が〈百二十県〉の〈人夫〉をひきいて〈帰化〉し,雄略天皇のとき全国の〈秦民〉を集めて秦酒公に賜り,酒公は〈百八十種勝(ももあまりやそのすぐり)〉をひきい朝廷に絹を貢進したとある。《新撰姓氏録》もほとんど同じことを記すが,弓月君は秦始皇帝の子孫で,帰化したのち〈大和朝津間腋上〉の地に安置されたとし,酒公は〈秦民〉92部1万8670人をひきい絹を貢進し,それを納めるため〈大蔵〉を宮側にたて,その〈長官〉となったという。

 このような説話は,秦氏の渡来後,秦氏の本宗家が全国に秦部,秦人,秦人部などを組織し,氏として成立したのが雄略のとき,5世紀末であることを主張している。その際,本宗家は大和でなく,山背(やましろ)国の葛野(かどの)郡,紀伊郡を基盤としていた。《姓氏録》にも山城国諸蕃に秦忌寸,左京諸蕃に太秦宿禰を記している。太秦(うずまさ)とは,酒公が朝廷に絹をうず高く積んだのでその名があるというが,山背より京に本貫を移した秦氏の別称であろう。ついで,欽明天皇のとき,山背紀伊郡人秦大津父おおつち)が〈大蔵〉の官に任ぜられ,〈秦人〉7053戸を戸籍に付し,〈大蔵掾〉として,その伴造(とものみやつこ)となったという。ついで,秦河勝がある。河勝は聖徳太子の財政,軍事,外交に関する側近者で,太子の意をうけて蜂岡(はちおか)寺(広隆寺)をたてたといい,寺は太秦にあるので太秦寺とも称された。ほかに《天寿国繡帳》の製作者として秦久麻があり,椋部(くらべ)と記されている。

 このように,大化改新前に秦氏で史上に名をのこすのは4人だけであるのは,秦氏が土豪であり,在地で隠然たる勢力をもつ殖産的氏族で,朝廷ではクラ(倉,蔵)を管理する下級の財務官であったからである。秦氏は,賀茂川,桂川の京都盆地,さらに琵琶湖畔に進出して,水田の開発,養蚕などの事業を行った。さらに伊勢,東国におよぶ商業活動にも従事した。天武天皇のときに定められた八色の姓(やくさのかばね)では,漢氏とならび〈忌寸(いみき)〉の姓を授けられたが,同族の一部が改姓されたのみで,748年(天平20),秦氏1200余烟に〈伊美吉(いみき)〉を賜ったとき,はじめて姓が一般化した。しかも,このように多数の同族が一時に改姓される例は,日本の氏族にはなく,いかに同族の基盤がひろく深いかを示すであろう。このことは,秦忌寸のほか,山背葛野郡,紀伊郡に秦大蔵,秦倉人,秦高椅,秦川辺,秦物集,秦前など,また近江愛智(えち)郡に依智秦(えちはた),犬上郡に簀秦などの傍系氏がおり,すべて〈秦〉の一字を共有し,氏の分化が少なく,比較的等質性を保っていることにも現れていよう。要するに土豪性といってよい。

 平安京への遷都は,秦氏の基盤への遷都であり,その財政力によって建設されたとの説もある。883年(元慶7),秦氏は惟宗(これむね)朝臣に改姓されたが,なお各地方には,惟宗とならび秦姓のものも多く,ともに在庁官人,郡司として多く名をとどめている。
惟宗氏
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百科事典マイペディア 「秦氏」の意味・わかりやすい解説

秦氏【はたうじ】

漢(あや)氏と並ぶ古代の有力な渡来人系氏族。応神天皇の世に秦(しん)の始皇帝の子孫と称する弓月君(ゆづきのきみ)が帰化したと伝える。楽浪(らくろう)郡滅亡後,南朝鮮にいた中国人が5世紀初めごろ渡来したものであろう。機織(はたおり)の技術を伝えたらしく,各地の秦部の統率者として朝廷に仕え,財政事務にもあずかった。今の淀川中流から上流の盆地を中心に繁栄し,天武天皇のときに造(みやつこ)から連(むらじ)姓,さらに忌寸(いみき)・宿禰(すくね)姓を賜った。
→関連項目大堰川上桂荘京都[市]渡来人東漢氏

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「秦氏」の意味・わかりやすい解説

秦氏
はたうじ

東漢氏(やまとのあやうじ)と並ぶ古代の渡来人中の雄族。記紀や『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』などによれば、応神(おうじん)朝に秦(しん)の始皇帝の後裔(こうえい)の弓月君(ゆつきのきみ)が120の県(こおり)の人民を従えて移住したと記すが、中国系ではなく新羅(しらぎ)系の渡来人で、渡来時期も5世紀以降と想像される。ハタは、朝鮮語で「海」を意味する「パダ」に由来するとの説もある。山背(やましろ)国(山城(やましろ)国、京都府中・南部)を拠点として秦氏とその支配下の民(秦人・秦人部・秦部)の分布は日本各地にみられ膨大な数に及ぶ。朝廷の蔵を管理し、大和(やまと)王権の財政をつかさどる一方、新羅系の技術者を擁して鋳工・木工などの各種技術部門の主導権を握り、鉱山の開発や灌漑(かんがい)・土木事業を推進するなど殖産氏族としての活動が顕著である。政治的にはさほど目だった動きを示さないが、欽明(きんめい)天皇の側近であった秦大津父(はたのおおつち)や、厩戸皇子(うまやどのみこ)(聖徳太子)に仕えた秦河勝(はたのかわかつ)の存在は、秦氏がその豊かな経済力と財政的手腕によって、大和王権内に隠然たる力を保持したことを示唆している。

[加藤謙吉]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「秦氏」の意味・わかりやすい解説

秦氏
はたうじ

漢氏と並ぶ日本古代の有力な中国系渡来人。記紀の伝承では,応神天皇のとき,始皇帝の子孫である弓月君が多くの人民を率いて朝鮮から渡来し,養蚕,機織業をもって朝廷に仕えた。この秦の民がしだいに豪族に所有され分散したので,雄略天皇が秦の民を集めて秦酒公(はたのさけのきみ)をその長官としたという。6世紀以後,朝廷の財政事務にもあずかった。京都,近江,淀川流域に栄え,秦造(はたのみやつこ)から忌寸と改姓(→)し,平安遷都(→平安京)も秦氏の財力を背景としていたという説がある。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「秦氏」の解説

秦氏
はたうじ

弓月君(ゆづきのきみ)を祖と伝える有力渡来系氏族。姓は造で,西日本に広範に分布する秦人の伴造(とものみやつこ)。本拠地は山背(やましろ)国葛野郡。天武朝の八色の姓(やくさのかばね)で忌寸(いみき)姓となる。「日本書紀」には応神14年,弓月君が120県の人夫を率いて百済から渡来し,雄略15年,諸国に分散している秦人を秦酒公(はたのさけのきみ)に与えたとある。これらは東漢(やまとのあや)氏や西文(かわちのふみ)氏に対抗して造作した伝承で,百済系というのも疑問である。一般には,古くから西日本一帯に移住し機織や農耕に従事していた新羅系の人々が,欽明朝に王権に接近した山背の勢力を伴造として氏族的結合をとげたものとされている。以後,多くの貢納によって王権を支えたので,一族は朝廷の倉の管理と関係が深い。推古朝に,蜂岡(はちおか)寺(広隆寺)を建立した秦河勝(はたのかわかつ)がいる。

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旺文社日本史事典 三訂版 「秦氏」の解説

秦氏
はたうじ

古代,渡来人系の有力豪族
秦 (しん) の始皇帝を始祖とする弓月君 (ゆづきのきみ) の子孫と称し,5世紀応神天皇の代に渡来。淀川中流から京都盆地にかけ勢力を有した。養蚕・機織技術を伝え,秦部 (はたべ) を統率し,6世紀以後大和政権の財政事務を担当した。また長岡京・平安京造営にも活躍した。秦河勝 (はたのかわかつ) が京都太秦 (うずまさ) に建てた広隆寺は有名。

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世界大百科事典(旧版)内の秦氏の言及

【太秦】より

…北半部は低位洪積段丘上,南半部は沖積平野であり,京都盆地北西部最大の横穴式石室をもつ蛇塚古墳(史)などの前方後円墳や広隆寺は段丘端付近に立地している。太秦付近一帯は,平安京西郊にあたり,その造営に貢献した秦(はた)氏の根拠地と考えられている。秦氏はまた養蚕,機織の技術に優れていたといい,太秦東部の蚕ノ社がそれにちなむ。…

【加羅】より

…また,加羅諸国には異形土器が発達し,鴨形,舟形,車形,家形などの各種の象形土器があり,とくに高床家屋をあらわす家形土器は,この地方の基層文化が南方アジアにつながることを示している。この時期の加羅諸国の新文物・新知識を持って,日本に渡航する人々が多かったが,出身地を安羅とする漢氏(あやうじ)と,金海加羅を出身地とする秦氏(はたうじ)とが,大和朝廷と関係をもったため,その代表的氏族とみなされた。
[6世紀]
 5世紀末から武力をともなった百済の勢力が,加羅諸国に侵入してきた。…

【長宗我部氏】より

…家譜,軍記物は始祖を秦河勝とするがもとより不明。ただ1554年(天文23)の棟札に〈秦国親〉とあり,戦国期には秦氏を自称している。家紋は鳩酢草。…

※「秦氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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