日本大百科全書(ニッポニカ) 「地理教育」の意味・わかりやすい解説
地理教育
ちりきょういく
地理的な観点から国土や社会、世界をとらえ、現代世界の正しい認識を深めるための教育。伝統的な地理教育像とは、国名や都道府県名など地名を覚え、各地の特産物や産業の特色などを知ることであった。これは地理情報の整理棚づくり段階として重要であるが、この旧来の地理教育を改善し、さらに学ぶ価値のある学習をくふうするための努力がなされてきた。
[櫻井明久]
地理教育とは
古今東西という言い方がある。古今は歴史で、東西が地理である。この対比のように、地理教育はしばしば歴史教育と対で考えられる。いいかえれば、歴史教育が時系列に整理して国や世界を考えさせるのに対し、地理教育は、空間的系列で整理し、考えさせる(地域的違いを考えさせる)、つまり地理的な観点から国土や社会、世界を考えさせるものである。現実の学校教育では、歴史分野、公民分野と並ぶ社会科の一部門を構成している。
地理教育は地理学をやさしく教えることではないが、簡単にいうなら、伝統的な地理学の研究対象を学習内容とする教育であるともいえる。たとえば、社会科の内容として産業、環境問題などさまざまな社会事象が取り扱われるが、地理教育では、それぞれ経済学的、地学的な扱いではなく、地理的な取扱いがされる。また、地理教育の内容の多くは現代を内容とするため、おもに過去を対象とする歴史教育とは区別しやすいが、公民科や公民的分野とは区別しにくい。そこで、理科や社会科・地理歴史科・公民科などとの分担を示すため、地理教育では内容を扱う視点として「地理的な見方や考え方」(地理的な観点)を配慮することが求められている。
なお、地理教育は次のような学習内容から構成されていると考えることができる。
(1)地域を系統的に取り上げ、さまざまな地域構成要素を考察し、地域像を学ぶ地誌的な学習
(2)ある事象に注目し、日本や世界の地域的違いとその一般的な要因を考える系統地理的な学習
(3)あるテーマや社会問題について地域を限定して学ぶトピカル(時事的)な学習
の三つである。
[櫻井明久]
学校地理教育の現状
地理教育は地理学に関係が深いが「地理学」を教えることではない。少なくとも、学校地理教育は「教科」の枠のなかで教育される学校教育の一部であり、社会や国民の期待に沿って編まれる国の教育課程に位置づけられている。地理教育を含む社会科や地理歴史科・公民科の教科設置の基本的目標には市民性の育成が据えられており、学校地理教育はこれを基礎に、国民の教養としての国土像、世界像の獲得を目標に、地理学という学問の成果を踏まえて行われるよう求められている。具体的には、学校地理教育は学習指導要領によって内容が示され、それは時代の教育課題を反映させながら変更されてきた。現在、教科・科目として地理が独立しているのは高等学校の地理歴史科のなかの科目「地理A」「地理B」だけで、中学校では社会科内の「地理的分野」として位置づけられ、小学校では学習指導要領における学習内容からその存在が判断される。
[櫻井明久]
小学校
第二次世界大戦以後、小学校段階での地理教育は、地理以外に歴史やほかの社会科学的な学習内容を含め社会科のなかで総合的に学ぶ形で行われてきた。また、1989年(平成1)からは、小学校低学年には社会科が廃されるとともに、生活科が設けられた。生活科には社会科、理科を含む学習内容が盛られ、低学年社会科で取り扱われてきた地理教育にかかわる内容の一部は引き継がれたものもある。身近な地域を取り扱う3、4年生社会科は、市町村や県についての広範囲な事象が扱われるため、いわば地誌的な学習に近い。日本の産業、国土の学習が中心を占める5年生では、たとえば産業は国民生活という視点からも取り扱われるが、その重要な側面の一つは地理的であり、国土像を得ることを目標にする点では地誌的学習でもある。一方、事例を学ぶにあたっては話題性を考慮して生徒の興味がわくような方法が採用されている。都道府県の位置や名称も小学校で順次学ぶように要請されている。6年生には、世界のいくつかの地域について人々の生活を学ぶという内容が盛られ、世界のおもな国々や大陸や海洋の分布も学ぶようくふうすることになっている。
[櫻井明久]
中学校
中学校社会科では、1955年(昭和30)に改訂された学習指導要領以降、地理学習を地理的分野として分け、地誌的に学ぶ形になった。また、当初は日本地誌を学んだあとに世界地誌を学ぶ形で学習されてきたが、1977年版からは、世界地誌を先習する形になった。中学校の地誌学習は、1989年(平成1)に改訂された学習指導要領では学ぶ地域を絞って、地域の諸要素の関係を学ぶことが大きな目標とされた。1999年版では、国々からなる世界の構成と都道府県からなる日本の構成を学んだ後に、身近な地域、少数の都道府県、少数の国という3段階の規模の異なる地域を調べる学習が組まれ、その後に、世界における日本の国土の特色を学ぶ形に整理され、地域を構成する諸要素の関係を学ぶことが目標とされた。2008年の改訂では、基礎的な知識を習得させることへの配慮から、地方に分けて日本全体を学ぶ伝統的な日本地誌学習、また世界を大陸別に分けて全体を学ぶ世界地誌学習が見直されている。
[櫻井明久]
高等学校
高校では、伝統的に系統地理的な方法が採られ、一部に、地誌的、トピカルな方法も取り入れて学習内容が組まれてきた。1989年(平成1)の学習指導要領の改訂では、社会科は地理歴史科と公民科に分かれ、地理は地理歴史科に含まれるとともに、選択科目「地理A」(2単位)と「地理B」(4単位)の二つに分かれた。「地理A」は、世界の諸地域の生活や文化にかかわる特性を系統地理ないしは地誌的に学ばせ、世界の課題に焦点を絞ったトピカルな学習内容になった。1999年(平成11)の改訂では、そのトピカルな学習内容を扱う場合、とくに資料の分析や地図化など地理的技能育成にも注意を払うことが求められることになった。2009年の改訂では、その技能育成と関連づけ、災害学習や身近な地域社会への参画への配慮に重点を置くことが求められている。
一方、「地理B」はかつての「地理」の趣旨を引き継ぎ、現代世界の地理的諸条件と人間の営みとの関連を地域的観点からとらえさせる系統地理的な学習が主要部分を占めてきたが、2009年(平成21)の改訂では、世界像を得るために地誌的な学習もいっそう重視するように求められている。
[櫻井明久]
『矢嶋仁吉・位野木寿一・山鹿誠次編『現代地理教育講座』全5巻(1972~1979・古今書院)』▽『菊地利夫著『高校地理教育の原理と方法』(1976・古今書院)』▽『朝倉隆太郎・梶哲夫・横山十四男著『中学校社会科教育法』(1981・図書文化)』▽『地理教育研究会編『「国際化」時代と地理教育』(1989・古今書院)』▽『朝倉隆太郎・梶哲夫・平田嘉三著『現代社会科教育実践講座7 地理的内容の授業Ⅱ――世界の諸地域と日本との関連学習』『現代社会科教育実践講座8 地理的内容の授業Ⅲ――日本の国土および諸地域の学習』(1991・研秀出版)』▽『歴史教育者協議会編『歴史地理教育実践選集』全37巻(1992・新興出版社)』▽『西脇保幸著『地理教育論序説』(1993・二宮書店)』▽『桜井明久著『地理教育学入門』(1999・古今書院)』▽『山口幸男著『社会科地理教育論』(2002・古今書院)』▽『地理教育研究会編『授業のための日本地理』第4版(2003・古今書院)』▽『地理教育研究会編『授業のための世界地理』第4版(2006・古今書院)』▽『中村和郎・高橋伸夫・谷内達・犬井正編『地理教育講座』全4巻(2009・古今書院)』▽『山口幸男著『地理思想と地理教育論』(2009・学文社)』