人々がそこに居住し社会生活を営む自然的・社会的環境である郷土と個々人とには、特殊な関係があるという考えから、郷土に教育的意義がみいだされ、郷土教育が提唱される。
その教育的意義は大別して二つある。
(1)方法としての郷土教育 どの教科も学習者に身近な郷土の自然や文化から内容・教材が取り出され、当該教科の入門的役割を果たすべきであると考える。ここでは、学習者が教材を直接手に取り、見たりできる実物性や直観性、また日々その教材に興味・関心をもっていることに教育的意義があると考える。
(2)目的としての郷土教育 ここでも教科の内容や教材が郷土から取り出されるが、学習者が郷土に居住・生活していることで、学習者が郷土と心情的関係を自然にもつと考え、その心情を郷土の学習によって郷土愛や愛国心に育成しようとする。
[池野範男]
日本では郷土教育は明治初期にペスタロッチの直観教授や実物教授の影響を受け、方法としての郷土教育が、地理教育や理科教育の初歩教育として始まった。明治20年代には、歴史教育にも通史学習の導入として郷土史を位置づけ、方法としての郷土教育が取り入れられた。大正期に入ると、児童中心主義の影響を受け、学習者の生活経験の発展が思考や認識をつくりだすという考えから、経験を生み出す場である郷土生活そのものを学習する目的としての郷土教育が展開された。この郷土教育は昭和期に入ると、恐慌で貧窮した郷土を現実的に直視し、その生活を打開する主体的な人間育成を目ざし、その方法において生活綴方(つづりかた)と結び付ける郷土教育に発展したが、農村の自力更生運動という政府の政策と結び付き、国家に奉仕するために郷土を学習する国家主義的教育に包摂された。
第二次世界大戦後、新教科社会科で「地域社会」の名のもとで郷土はふたたび脚光を浴びたが、郷土を目的としてとらえるか、方法としてとらえるかの対立はいまなお続いている。教育が知識だけでなく、態度育成をも課題にし、全人格を志向するならば、子供たちが日常かかわっている郷土や地域に教育力を求める郷土教育(地域に根ざす教育)は、今後とも展開される必要があろう。
[池野範男]
『海老原治善著『現代日本教育実践史』(1975・明治図書出版)』▽『桑原正雄著『郷土教育運動小史』(1976・たいまつ社)』▽『中川浩一著『近代地理教育の源流』(1978・古今書院)』
郷土の自然や生活,文化を教材とすることによって教授・学習を直観化するとともに,郷土愛ひいては祖国愛を育てることを目的とする教育。日本の郷土教育は,明治初期ペスタロッチの直観教授(実物教授)の思想に基づいて,郷土教材を利用した地理教育と理科教育にはじまる。その後,歴史教育でも〈郷土史談〉の名のもとに郷土史が通史学習の導入として利用されるようになった。このような郷土教育は,郷土すなわち身近な生活の場に教材を発見し,それを授業に利用するという教育方法に重点がおかれたものであった。ところが1920年代から30年代のドイツにおける郷土科Heimatkunde設置の影響をうけて,日本においても,北沢種一らの労作・体験・直観などの原理から郷土を重視する主張と,地理学者小田内通敏や志垣寛らによる〈土地と勤労と民族の三つの複合体〉としての郷土の科学的把握と調査に基づいた学習を主張する郷土教育連盟の運動があった。この背景には,世界恐慌などの影響による農村窮乏化の救済という問題意識がある。第2次世界大戦の進行とともに,愛郷精神即愛国精神とする郷土教育が戦争遂行の支柱として行われるようになった。戦時中国民学校第4学年におかれた〈郷土の観察〉はその例である。戦後初期はアメリカの影響による地域社会学校(コミュニティ・スクール)運動や社会科教育などで郷土がとりあげられ,郷土の生活現実を基礎にした地域教育計画づくりや,郷土の生活・自然を教えることが重視された。1960年代の高度経済成長政策の進行から生まれた地域社会における生活・自然の歪みや子どもの荒廃を前にして〈地域に根ざす教育〉が重視され,そのなかでかつての郷土教育の思想や運動を見なおし発展させようとする動きがある。たとえば郷土教育全国協議会(1953設立)や地域と教育の会(1976設立)の運動がそれである。
→社会科教育 →地理教育
執筆者:臼井 嘉一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…明治末期になると,教育内容についての論議は少なくなり,教授法に関心が集中する傾向が強まり,中等教育においても教授要目が定められ,内容そのものは画一的になった。 大正期に入ると,児童の興味や理解度を重視する教育思潮が高まるとともに地理学自体の進歩の影響もあって,地理は暗記するものではなく,直観的な教材教具(さし絵や帯グラフなど)を使って教授されるべきものと主張され,また郷土教育の思潮も普及し,再び多数の郷土地誌類が刊行されるようになる。ただし,かつて提唱されたように地理の基礎観念を培うというよりは,郷土意識・郷土愛の涵養ということに重点がおかれていた。…
※「郷土教育」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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