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城端[町] じょうはな

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百科事典マイペディアの解説

城端[町]【じょうはな】

富山県南西部,東砺波(ひがしとなみ)郡の旧町。城端線の終点に当たる主集落は砺波平野の南部にあり,市場町。蓮如が開基した善徳寺が1572年移ってきて以後,その門前町として発達,織物業が盛ん。

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世界大百科事典 第2版の解説

じょうはな【城端[町]】

富山県南西部,東砺波(ひがしとなみ)郡の町。人口1万0603(1995)。砺波平野の南端にあり,小矢部川の支流山田川流域を占める。町域の南半部は両白山地北端の山地である。中心集落の城端は浄土真宗善徳寺が1559年(永禄2)あるいは72年(元亀3)に北西の福光から移されてから門前町として栄えたが,近世には五箇山(ごかやま)をひかえた市場町,また絹織物産地でもあった。現在は化学繊維ニット製品をはじめ県外産原糸による絹織物(羽二重),仏壇,城端塗(治五右衛門塗)などの木製品がつくられるほか,電気部品など機械・金属関係の工場も多い。

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世界大百科事典内の城端[町]の言及

【越中国】より

…近世には富山は城下町,魚津,放生津,氷見は港町,井波は門前町として栄えた。近世に興った町には,礪波郡では北陸道の要衝で加賀藩の奉行所のおかれた今石動(いまいするぎ),真宗善徳寺の門前町より在郷町に変化した城端(じようはな)のほか,福野・福光・津沢・戸出(といで)・杉木新(すぎのきしん),射水郡では高岡が元和の一国一城令で廃城後,商人の町に性格をかえて発展したほか,伏木・大門(だいもん)・小杉,婦負郡では八尾(やつお)・西岩瀬・四方(よかた),新川郡では東岩瀬・水橋・滑川(なめりかわ)・生地(いくじ)・泊・上市・上滝・五百石などの町々があった。近世の越中は百万石加賀藩を支える穀倉地帯で,四公六民で御蔵(公領)・蔵宿(給人知)に収納された年貢米の一部は,伏木・東岩瀬より北前船で大坂に運ばれて売却された。…

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