五箇山(読み)ごかやま

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

五箇山
ごかやま

富山県南西部,飛騨山地庄川上流域にある山村地域。行政的には南砺市に属し,約 70の集落が散在する。長い間ほとんど隔絶された地域で,家の落人が住みついたと伝えられ,近世には加賀藩のもとで煙硝,藩札,和紙の製造が行なわれ,重罪人の流刑地でもあった。昭和初期から始まった庄川水系の電源開発,道路の整備により,合掌造の民家が減少し,生活様式の現代化が進んでいる。美しい自然景観,合掌造の民宿や,麦屋節,こきりこ節などの民謡・踊りを求めて訪れる人が多い。一帯は五箇山県立自然公園に指定され,合掌造の集落は 1995年世界遺産の文化遺産に登録された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

五箇山【ごかやま】

富山県東砺波(ひがしとなみ)郡平・上平利賀(とが)3村(現・砺波市)の総称。庄川と支流利賀川の谷に小山村が点在,平家落人(おちうど)伝説があり,加賀藩の流刑地となった隔絶地域であったが,大牧ダム,御母衣(みほろ)ダムなどの電源開発により開けた。合掌造の民家が残存,多くの民謡が伝わり,城端(じょうはな)町(現・南砺市),岐阜県白川村からバスが通じて山間の観光地になっている。
→関連項目大槻伝蔵庄川[町]城端[町]白川郷世界遺産条約

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ごかやま【五箇山】

富山県南西部,岐阜県境付近の地域名。行政的には東砺波(ひがしとなみ)郡平村,上平村,利賀(とが)村に属する。庄川上流部とその支流のつくる上梨谷,下梨谷,赤尾谷,小谷,利賀谷の峻険な五つの谷にある小集落群が五箇山の地名の起りをなす。かつては,冬季には豪雪で交通が途絶するため秘境の感が強く,茅葺き屋根の合掌造家屋に象徴される伝統的な生活様式をもっていた。近世加賀藩政下,特別の保護をうけて火薬原料の煙硝,和紙,みの,蠟の生産や養蚕が営まれていた。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕五箇山(ごかやま)


富山県南西部、岐阜県境に近い庄川上流域の汎称
5つの谷(赤尾谷・上梨谷・下梨谷・小谷(おたん)・利賀谷)の合間に点在する山村で、南砺市に属する。隔絶された山村であったため、合掌造りの民家と民謡、平家の落人伝説が残る。近世は金沢藩の流刑地。菅沼と相倉の合掌集落は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。越中五箇山菅沼集落越中五箇山相倉集落としていずれも国指定の史跡。また1995年(平成7)には、岐阜県の白川郷とともにユネスコの世界文化遺産に登録された(白川郷・五箇山の合掌造り集落)。「こきりこ節」など、民謡の宝庫。

出典 講談社日本の地名がわかる事典について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

五箇山
ごかやま

富山県南西部、庄(しょう)川上流の地方名。南砺(なんと)市に属し、岐阜県と境する。「五箇山」の地名は、庄川本流に沿う赤尾谷(あかおだに)、上梨(かみなし)谷、下梨谷、小谷(おたに)と支流利賀(とが)谷の五つの地域からなることに由来する。庄川の本・支流に面した山麓(さんろく)緩斜地、段丘上に約70の集落が散在する。礪波(となみ)平野とは庄川峡、西は細尾峠、小瀬(おぜ)峠などのある山地で隔絶された谷底盆地で、古来平家の落人(おちゅうど)集落ともいわれたが確証はない。この地域は降雪量が多く、耕地が少なく、分家が困難で大ぜいの家族を扶養せねばならなかったこと、養蚕業が行われてきたことなどが、岐阜県白川村とともに合掌(がっしょう)造の特殊な民家を発達させ長く維持させてきた。室町時代、蓮如(れんにょ)の弟子道宗(どうしゅう)(1462―1516)が赤尾谷の行徳(ぎょうとく)寺を中心に浄土真宗の布教に努め、いまも集落ごとに寺または念仏道場があり信仰心が強い。江戸時代は加賀藩領で煙硝の生産地。また藩の流刑地でもあった。現在も田向(たむかい)に流刑小屋が残されている。
 この五箇山のうち庄川流域では、1930年(昭和5)から小牧(こまき)ダム、祖山(そやま)ダム、ついで小原(おはら)ダム、成出(なるで)ダムと発電所ができ、これらの電源開発と道路の開設、そしてその後の国道156号、304号、471号の整備、そして五箇山トンネルの開通により、急速に生活様式が変貌(へんぼう)した。また、東海北陸自動車道の五箇山インターチェンジもある。合掌造の民家は減少したが、残った合掌民家のうち岩瀬家、村上家、羽馬(はば)家の各住宅は国の重要文化財、菅沼(すがぬま)集落、相倉(あいのくら)集落は国の史跡に指定され、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。1995年(平成7)には、白川郷(岐阜県)とともに「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産の文化遺産として登録された。このような自然環境下で、古来多くの民謡が発達した。麦や節(むぎやぶし)(麦屋節)、こきりこ節、トイチンサ節はその代表的なもので、民謡の宝庫とさえいわれ、これらは「五箇山の歌と踊」として国の選択無形民俗文化財となっている。この地域は合掌民家、民謡のほか、観光資源が多いため、県内外からの観光客が多く、民宿、菅沼地区のキャンプ場、五箇山青少年旅行村など宿泊施設も整っている。また、文化施設には、利賀民俗館、相倉民俗館、五箇山民俗館などがある。大牧(おおまき)温泉は探勝の基地として利用され、五箇山へは、JR城端(じょうはな)駅からバスが通じる。[深井三郎]
『『五箇山総合調査報告書』(1958・富山県) ▽『五箇山村の民俗』(1970・富山県) ▽『越中五箇三村の民俗』(1971・富山県) ▽『ふるさと五箇山』(1972・北日本出版社) ▽宮崎重美・池端滋著『五箇山』(1974・巧玄出版) ▽石崎直義著『越中五箇山』(1983・北国出版社)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の五箇山の言及

【上平[村]】より

…庄川上流の峡谷と山地を占め,南は岐阜県大野郡白川村に接する。隣接の平村,利賀(とが)村とともに五箇山(ごかやま)とも呼ばれ,典型的な隔絶山村で,近世は加賀藩領であった。大正末から始まった庄川水系の電源開発・道路整備により,人と物資の移動が容易になったが,同時に過疎化が進み,合掌造民家も減少した。…

【利賀[村]】より

…人口1161(1995)。平村,上平村とともに五箇山(ごかやま)と呼ばれてきた。典型的な隔絶山村で,近世には加賀藩の支配下におかれた。…

【富山[県]】より

… 一方,江戸時代以来の歴史をもつ伝統工業が各地で行われている。高岡市の鋳物・銅器(仏像,仏具,梵鐘(ぼんしよう)など)・捺染(なつせん),城端(じようはな)町の羽二重,高岡市・魚津市・城端町の漆器,八尾(やつお)町・五箇山(ごかやま)の和紙,福岡町の菅笠,井波町の木彫(欄間,獅子頭),庄川町の木製品(盆,菓子器)などがそのおもなものである。とくに反魂丹(はんごんたん)などの名で古くから全国に知られ,富山市,滑川市を中心に行われてきた家庭配置薬は,今日でも昔ながらの先用後利の伝統を持続しながら,和漢薬に現代医薬を取り入れて,県経済に重要な位置を占めている。…

※「五箇山」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

トランスジェンダー

性別違和をもつ人々の総称。性別違和とは,体の性的特徴,出生時の体に基づいて判別された性別や,その役割に課される性役割,性別表現など,すなわちジェンダーへの違和感である。トランスジェンダーには,他方の性...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

五箇山の関連情報