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大友黒主/大伴黒主 オオトモノクロヌシ

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デジタル大辞泉の解説

おおとも‐の‐くろぬし〔おほとも‐〕【大友黒主/大伴黒主】

平安前期の歌人。六歌仙の一人。近江の人。歌は古今集後撰集に収載。謡曲・歌舞伎などの題材となっている。生没年未詳。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大友黒主 おおともの-くろぬし

?-? 平安時代前期の歌人,官吏。
六歌仙のひとりとして「古今和歌集」の序でその歌風が紹介されている。歌はそのほか「後撰和歌集」「拾遺和歌集」などに収録されている。貞観(じょうがん)4年(862)近江(おうみ)滋賀郡の長官として,園城寺(おんじょうじ)別当に円珍を任じたい旨を国司に要請した。名は別に志賀黒主。
【格言など】春さめのふるは涙かさくら花ちるを惜しまぬ人しなければ(「古今和歌集」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

大友黒主

生年:生没年不詳
9世紀ごろの歌人,六歌仙のひとり。姓は「大伴」とも書く。近江国滋賀郡大友郷(滋賀県大津市)の大友村主の一族で,その地の大領というが,詳細は明らかでない。大嘗会の近江国風俗歌「近江のや鏡の山をたてたればかねてぞ見ゆる君が千年は」など,『古今集』以下の勅撰集に10首前後が伝わる。地方に口承されたと思われる伝統的な表現による歌が主で,『古今集』真名序はそれを田舎風で下品という意味で「鄙」と評する。また,能の「志賀」にはシテとして,「草紙洗」には小町に対抗する歌よみとして登場する。<参考文献>高崎正秀『六歌仙前後』(『高崎正秀著作集』4巻),小沢正夫『古今集の世界』

(内田順子)

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世界大百科事典 第2版の解説

おおとものくろぬし【大友黒主】

寛平(889‐898)ころ活躍した歌人。生没年不詳。六歌仙の一人。伝記は明白でない。猿丸大夫の子であるとか,陰陽師であったなどという話が没後まもなく発生している。大津市に黒主を祭神とする社があり,《無名抄》(鴨長明)に記されている(謡曲《志賀》にはこの神が和歌の神として姿をあらわす)。近江国滋賀郡大友郷出身で園城(おんじよう)寺(三井寺)の神祠別当であったらしい。《古今集》に4首,《後撰集》に3首が入集。

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大辞林 第三版の解説

おおとものくろぬし【大友黒主】

平安前期の歌人。近江国滋賀郡大友郷の人。六歌仙の一人。志賀黒主と称される。歌は古今和歌集などにみえる。伝説的人物として、謡曲・歌舞伎などの題材となった。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大友黒主
おおとものくろぬし

生没年未詳。平安前期の歌人。六歌仙の一人。弘文(こうぶん)天皇の末裔(まつえい)(『本朝皇胤紹運録(ほんちょうこういんじょううんろく)』)、猿丸大夫(さるまるだゆう)の第3子(『古今集目録』)などの諸説があるが、さだかでない。作品から近江(おうみ)在住の土豪的地方歌人と知られる。887年(仁和3)ごろ「中将御息所歌合(ちゅうじょうのみやすどころのうたあわせ)」に詠進、897年(寛平9)醍醐(だいご)天皇の大嘗会(だいじょうえ)に風俗歌(ふぞくうた)を奉り、また917年(延喜17)宇多(うだ)法皇の石山寺参詣(さんけい)のおり、打出(うちで)の浜で和歌を献じている。歌風については、紀貫之(きのつらゆき)が『古今集』仮名序で、「大友黒主はそのさまいやし。いはば薪(たきぎ)負へる山人の花の蔭(かげ)に休めるがごとし」と評している。能『志賀』は黒主をシテとし、『草子洗小町(そうしあらいこまち)』には小町を辱める悪役(ワキ)として登場する。
 思ひいでて恋しきときは初雁(はつかり)のなきて渡ると人知るらめや(『古今集』恋4)[犬養 廉]

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世界大百科事典内の大友黒主/大伴黒主の言及

【小野小町】より

…平安時代前期の女流歌人。生没年不詳。六歌仙,三十六歌仙の一人。出羽国の郡司良真の女。篁(たかむら)の孫,美材(よしき),好古(よしふる)らの従妹とされる。系図については諸説があるが,確かなことは不明。小町の名についても,宮中の局町に住んだことによるという説をはじめ諸説がある。王朝女流歌人の先駆者で,文屋康秀,凡河内躬恒,在原業平,安倍清行,小野貞樹,僧正遍昭らと歌の贈答をし,和歌の宮廷文学としての復興に参加した。…

【六歌仙】より

…《万葉集》の後,和歌の道はまったくおとろえていたが,その時期に〈いにしへの事をも歌をも知れる人,よむ人多からず。……近き世にその名きこえたる人〉としてあげられた僧正遍昭在原業平文屋康秀喜撰法師小野小町大友黒主,の6人のこと。序の筆者紀貫之より1世代前の人々で《古今集》前夜の代表的歌人として《古今集》時代の和歌の隆盛を導いた先駆者たちである。…

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