大同思想(読み)だいどうしそう

改訂新版 世界大百科事典 「大同思想」の意味・わかりやすい解説

大同思想 (だいどうしそう)

中国の一種のユートピア思想。〈大同〉とは,儒家の経典の一つである《礼記(らいき)》礼運篇に見えることば。孔子は,遠い古代には〈大道〉(すぐれた道徳)が行われていて天下公有のものであったとされて,公平で平和な共産的理想社会を描き,それに反し,今日は〈大道〉がすでに隠れて,天下は一家私有となり,私利私欲の横行する混乱した社会になったと嘆いている。この大同思想に似た,土地・家屋の均分公有という思想は,歴代の宗教的農民反乱のなかでしばしば提起され,19世紀中ごろの太平天国運動で,洪秀全が《原道醒世訓》の中で,理想とする新世界を〈礼運篇〉にもとづきながら説明しているのは,その典型といえる。

 しかし中国伝統の大同思想を正面からとりあげて,壮大で詳細な社会理論に組み立てたのは,清代末期(19世紀末)の康有為が最初である。彼は大同・小康の関係を逆転させて,社会は小康から大同へ向かうものと考え,しかも,これに後漢時代の公羊(くよう)学者何休の〈張三世〉という歴史観および当時欧米から伝えられた進化論を組み合わせて,拠乱世→升平世(小康)→太平世(大同)という順序で社会は進化発展していくという構想を立てた。彼は中国の現状を,無量数の苦悩に満ちた拠乱世に当て,遠い未来にいっさいの苦悩から解放されて自由で公平な大同世界を想定し,そのために民衆を救済することをおのれの使命とした。彼の主著大同書》には,このような世界改革のプランと道程が示されている。彼の大同思想は,私淑の弟子譚嗣同(たんしどう)の《仁学》にうけつがれているが,一方その反対派である孫文の三民主義や蔡元培の社会思想にも,大同思想が見られ,さらに,現代の毛沢東の思想にさえも,かすかながらその影響を見ることができる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「大同思想」の意味・わかりやすい解説

大同思想
だいどうしそう

中国的ユートピア思想で、階級的差別や搾取のない自由平等平和の社会を構想する。大同とは、『礼記(らいき)』礼運篇(れいうんへん)に「権力を独占する者がなく平等で、財貨は共有となり生活が保障され、各人が十分に才能を発揮することができ、犯罪も起こらない世の中」と定義されているが、考え方としては、それ以前の文献にも、墨子(ぼくし)の兼愛交利とか、老子の小国寡民とか、許行の君臣並耕などのように、断片的にではあるが数多く現れている。漢代以後は、消極的な現実逃避的な思想の描く理想郷、神仙の世界に投影されたものと、積極的に政治的な理想としての井田(せいでん)制の実現を企図したものとが現れている。また歴史上しばしば発生した農民起義(叛乱(はんらん))においても、大同的世界の実現がその目標となっていた。清(しん)末変法運動の指導者康有為(こうゆうい)は、礼運篇の説と春秋公羊(くよう)学の三世説とを結び付けて大同世に至る段階を『礼運注』において、また現世における苦しみの状況とそこから大同世に至る道程および大同世のありさまを『大同書』(1935)において描いている。ちなみに、1919年の国際連盟の成立は、康有為には大同世の実現と映ったようである。

[有田和夫]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大同思想」の意味・わかりやすい解説

大同思想
だいどうしそう
Da-tong si-xiang

中国の孔子が描いたといわれる理想世界の構想。『礼記』の礼運編にみられる。大同とは,天の公理に基づき,人心が和合し,よく治まった,あらゆる差別のなくなった至公無私の平和な社会をいう。清末に康有為は『礼運注』や『大同書』などの著作で,大同を春秋公羊学の張三世説と組合せ,変革の理論をつくり出した。大同を理想社会として「少数者の専有=私」に対し「多数者の均分=公」を求める構図は,清末以降,太平天国の天朝田畝制度や孫文の「三民主義」,毛沢東の著述などでも言及され,中国の社会主義や平和的国際主義などを特徴づけることにもなっている。

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旺文社世界史事典 三訂版 「大同思想」の解説

大同思想
だいどうしそう

『礼記 (らいき) 』に見える大同世を理想として,その実現を求める思想
大同とは大道のこと。清末期の康有為 (こうゆうい) はこれを古代中国の尭 (ぎよう) ・舜 (しゆん) の世に求め,西洋民主主義の中国的根拠をここに求めて『大同書』を作り,変法運動のよりどころとした。

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