大和証券グループ本社(読み)だいわしょうけんぐるーぷほんしゃ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「大和証券グループ本社」の意味・わかりやすい解説

大和証券グループ本社(株)
だいわしょうけんぐるーぷほんしゃ

大和証券グループを統轄する持株会社。1999年(平成11)4月、大和証券株式会社が大和証券グループ本社へと名称変更、子会社・関連会社の株式を所有し、事業の支配・管理を行う、上場企業初の純粋持株会社となった。旧大和証券株式会社は証券業界の草分けとして知られ、大阪の有力米穀商藤本清兵衛(1841―91)が1894年(明治27)設立した藤本銀行を発祥とし、1902年(明治35)藤本ビルブローカーを開業、06年には株式会社に改組、藤本銀行を解散して翌07年藤本ビルブローカー銀行と改称する。国際証券取引にいち早く着手し銀行業との兼営で業務を発展させたが、1933年(昭和8)銀行業を廃止、藤本ビルブローカー証券と改称、43年日本信託銀行と合併して大和証券となる。第二次世界大戦後、日本初の転換社債を発行して再建を図り、国際取引も再開、1952年(昭和27)にはオープン型投資信託発足させ高度成長の基礎を築いた。1999年4月、大和証券グループ本社とともに発足した子会社の大和証券は、大和証券リテール準備株式会社が名称変更したもので、国内リテール(小口取引融資)専門の証券会社となった。大和証券グループ本社の資本金1783億円(2008)、営業収益8254億円(2008。連結ベース)。

[田付茉莉子]

『大和証券株式会社編・刊『大和証券60年史』(1963)』『『大和証券百年史』(2003・大和証券グループ本社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大和証券グループ本社」の意味・わかりやすい解説

大和証券グループ本社
だいわしょうけんグループほんしゃ

大和証券などを傘下にもつ金融持株会社。大和証券は 1902年藤本ビルブローカーとして創業。 1904年国庫債券をロンドン輸出,日本最初の国際証券取引を行なった。 1906年株式会社へ改組,1907年藤本ビルブローカー銀行と改称。 1917年には英仏公債などを国内で販売。 1933年藤本ビルブローカー証券と改称,証券業専業となる。 1937年には投資信託を発足。 1942年藤本証券と改称,1943年日本信託銀行と対等合併し大和証券として設立。 1944年吉川証券を合併。 1956年の証券民主化,1957年の株式ブームを背景に成長。海外取引に強みがあった。住友銀行と提携後の 1999年持株会社制に移行,大和証券は持株会社「大和証券グループ本社」が 100%出資する子会社となった。収益構成比は,受入手数料 37%,金融収益 30%,トレーディング損益 24%,営業投資有価証券売買損益ほか9%。年間営業収益 3876億 5800万円,資本金 1384億円,従業員数1万 1559名 (連結,2003年3月) 。

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