コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大日本沿海輿地全図 だいにほんえんかいよちぜんず

4件 の用語解説(大日本沿海輿地全図の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大日本沿海輿地全図
だいにほんえんかいよちぜんず

伊能忠敬と高橋景保が作成した,最初の科学的実測に基づく日本全図。伊能図ともいう。寛政 12 (1800) 年の蝦夷地測量に始り,九州,種子島屋久島伊豆七島まで前後 17年かけて全国を実測,その成果を文政4 (21) 年,大図 (縮尺3万 6000分の1) 214枚,中図 (縮尺 21万 6000分の1) 8枚,小図 (縮尺 43万 2000分の1) 3枚に作成,江戸幕府に提出した。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

だいにほんえんかいよちぜんず〔ダイニホンエンカイヨチゼンヅ〕【大日本沿海輿地全図】

江戸後期の日本地図。伊能忠敬作。寛政12年(1800)北海道の実測を開始、その後幕府の命令で全国を測量。忠敬の死後、弟子の高橋景保によって文政4年(1821)完成。明治以降の地図の基本資料となった。伊能図。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大辞林 第三版の解説

だいにほんえんかいよちぜんず【大日本沿海輿地全図】

日本最初の実測日本地図。伊能忠敬著。1800年の蝦夷南東沿岸の測量を手始めに、以後幕命を受けて日本全国の沿岸を測量、忠敬没後21年門弟高橋景保によって完成された。伊能図。日本輿地全図。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大日本沿海輿地全図
だいにほんえんかいよちぜんず

江戸時代後期、伊能忠敬(いのうただたか)が作成した日本最初の実測日本地図。「伊能図」「日本輿地全図」ともいわれる。忠敬は日本全国の測量を1800~16年(寛政12~文化13)に行い、測量が一段落進むごとに、3万6000分の1の縮尺で製図し、これをまとめて長さ6尺、幅3尺ほどの地図(大図という)とした。大図は214枚あり、次に大図を6分の1に縮小して縮尺21万6000分の1の図(中図)8枚をつくり、これをまた2分の1にして縮尺43万2000分の1の地図(小図)3枚に仕上げた。その完成は忠敬の死後、1821年(文政4)のことであり、これが『大日本沿海輿地全図』である。この地図によって初めて日本の海岸線が正確に知られるようになり、日本の地理学上きわめて大きな貢献をした。江戸時代、この地図は幕府の独占であり、1828年のシーボルト事件で問題となった品のなかにはこの地図の写しも含まれていた。[内田 謙]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

大日本沿海輿地全図の関連キーワード伊能図シーボルト事件高橋景保渋川景佑伊能忠敬記念館千葉県香取市佐原イ伊能栄伊能達伊能忠敬墓高橋至時墓

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone

大日本沿海輿地全図の関連情報