翻訳|astrophysics
天体や宇宙の構造、進化を物理学的手法で研究する学問。19世紀中ごろまでの天文学は、主として太陽系内の天体の精密な運動や、恒星の天球上での見かけの動きなどを研究する、いわゆる位置天文学position astronomyが主流であり、ニュートン力学を基礎とする天体力学として発展し、解析力学や数学に大きな貢献をしてきた。しかし、19世紀後半以降、天体のスペクトル観測が始まると、太陽黒点の活動、恒星の大気や内部構造、恒星のエネルギー源などに強い関心が集まり、20世紀になってこれらの問題を解明するために、K・シュワルツシルト、A・エディントン、H・ベーテ、S・チャンドラセカールらが、当時、著しく発展し始めていた原子物理学、原子核物理学、統計力学などの物理学を天体に応用して、大きな成果を収めてきた。
宇宙や天体の構造、進化を研究する現代天文学では、物理学は必要不可欠のものとなっており、物理法則を駆使して研究する理論天文学を位置天文学や観測天文学と区別して、とくに「天体物理学」または「宇宙物理学」とよんでいる。物理学を天文学に単に応用するという側面ばかりでなく、宇宙・天体の現象を解明するなかから新しい物理学が誕生した場合も珍しくない。たとえば太陽の黒点、磁場や地球高層大気のオーロラ現象を研究する過程でプラズマ物理学が誕生しているし、恒星のエネルギー源を究明することから核融合の物理学が発展してきた。
天体物理学は、現在も基礎物理学・応用物理学と深くかかわって発展している。天文学の対象の多くが地上の実験室ではとても実現できない極限状態に置かれている物質が多いからである。たとえば、太陽より重い質量の星の進化の最終段階では、超新星の爆発で星は強く収縮し、中性子星、ブラック・ホールなどになる。これらの天体は1立方センチメートル当り1012グラムにも達する超高密度の状態となっており、中性子星の周辺では、1012ガウスにも達する強い磁場が存在している。銀河団の中心部では10億Kにも達する高温ガスが強いX線を放っている。クエーサーは銀河中心核の巨大なブラック・ホールと考えられ、そこでは異常に強い重力場が存在している。星間空間は、原子の個数密度が1立方センチメートル当り10個程度という極端に希薄な気体である。また、零下200℃以下の低温状態にある星間塵(せいかんじん)の表面で、地上では存在しない分子が次々とつくられている。このような極限状態の物質や天体を研究する天体物理学から新しい物理学が今後も生まれてくることであろう。
21世紀における天体物理学の展開について述べてみよう。
(1)近年、人工衛星の観測でγ線バースト現象(ガンマせんばーすとげんしょう)が数多く検出されており、銀河系外天体の起源と推定されている。これは1020電子ボルトにも達する宇宙線の起源ともからんで、ブラック・ホール周辺での超高エネルギー物理学のいっそうの発展を促すであろう。
(2)光や電波での観測技術の発展により、重力レンズ天体が数多く発見されている。また、あまりに微弱で、検出困難であった重力波は、2015年に観測されている。一般相対性理論にまつわる現象のほとんどは天文観測によってしか検証されえないことから、重力理論のいっそうの進展が期待される。
(3)20世紀に、紆余曲折(うよきょくせつ)を経て確固たる観測的基盤をえたビッグ・バン宇宙論は、より初期の宇宙像を求めて展開していくであろう。S・ホーキングらによって展開された量子重力理論や、宇宙の物質の90%以上を占めていると考えられながら、いまだ検出されていない暗黒物質(ダークマター)の正体を探る素粒子論は、きわめて困難な課題ではあるが、大きな進展が期待されている。
[若松謙一]
天体および天体の諸現象の物理状態およびその時間変化を調べる天文学。宇宙物理学とほぼ同義。19世紀初めにドイツのJ.vonフラウンホーファーが太陽スペクトル中に多数の吸収線を認めたのをはじめとし,19世紀後半から今世紀にかけて発達し,とくに量子力学の発展とともに非常に内容の豊かな学問となった。以前は,天体観測はほとんど可視光,あるいは写真紫外域の観測に限られていたが,第2次世界大戦後電波技術が応用されて電波天文学が発達し,次いでロケットや人工衛星などを利用した大気圏外観測でγ線,X線から可視光,赤外,電波のほとんどすべての波長域で観測が行われるようになった。対象とする天体は,太陽,太陽系,恒星,恒星系,銀河系,銀河系外の銀河,全宇宙に及ぶ。
宇宙形成に関しては,膨張宇宙のハッブルの法則,3K宇宙背景放射,水素に対する重水素やヘリウムの比量などを説明するために,ビッグバン(宇宙大爆発)の理論が考えられている。最近では,素粒子物理学の大統一理論がビッグバン初期に応用され,物質と反物質の存在の不等や宇宙背景放射のよい等方性の原因などの問題の説明もなされるようになった。宇宙には,超銀河団,銀河団,銀河群,銀河,球状星団,散開星団,恒星,惑星,衛星など多重の階層性がある。また,それぞれが構造をもち,とくに銀河と恒星は単体の天体としての構造が詳しく研究されている。銀河には大別して楕円銀河,渦状銀河などがあり,中心核には激しい活動がある。クエーサーや電波銀河は中心核活動を大規模にしたものと考えられる。銀河の形成,形態,恒星形成活動の突発,外部の見えない大質量,銀河どうしの食いあいなど銀河物理学は多くの興味ある問題をかかえている。恒星を大別すれば,銀河形成時からの古い星(種族Ⅱ)と現在も渦巻腕中の分子雲を素材として形成されている散開星団の星(種族Ⅰ)とがある。オリオン星雲などでは,赤外線や星間分子の出すミリ波電波などで恒星形成の状態が観測されている。恒星の構造および進化は恒星内部構造論の主要テーマで,重力収縮する主系列前の星,原子核反応で水素を消費する主系列星,中心部で水素を消費しつくした巨星,エネルギー源を失った小質量の白色矮星(わいせい),大質量星進化の最終段階の超新星,超新星の残した中性子星やブラックホールなどの諸特性が知られている。また,恒星の出す放射光は豊富な情報を含んでおり,これを観測するのは大望遠鏡に分光装置をつけた天体分光学の仕事であるが,天体大気構造論では大気の理論的モデルによって恒星スペクトルの解釈をし,温度,密度の分布や元素の化学組成,大気の運動状態などを求める。赤外線星,X線星や新星,脈動星,パルサーなど活動的な星の研究はそれぞれ一つの分野をなしているが,太陽は恒星の典型としてとくに詳しく研究されているほか,原子核反応を直接示す太陽ニュートリノの測定,約5分前後の周期の数多の固有振動の観測(陽震学)など太陽内部の構造や内部の自転など見えない内部の測定も行われている。黒点,フレア,コロナなど太陽活動は約11年の周期で活発となるが,これはダイナモ作用と呼ばれる電磁流体力学的な磁場形成機構によるものである。太陽系起源論は隕石などの組成や年代の測定,惑星探査などをふまえ理論研究も盛んに行われている。
執筆者:海野 和三郎
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…惑星,太陽系,太陽,恒星,銀河,銀河団,さらにそれらの総体としての宇宙までを対象にする。欧米では,宇宙物理学cosmic physicsという言葉はあまり用いられず,むしろ天体物理学astrophysicsが用いられる。この場合,宇宙全体を大局的に論ずる学問分野は,宇宙論cosmologyとして区別される。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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