原子の構造、原子で構成される物質のおもな性質、原子核の構造と放射能、放射能体の性質などを論じる物理学の分野。古典物理学では物質を連続体とみなし、それが原子からできていることを無視するのが普通なので、現代物理学というかわりに原子物理学ということも多く、厳密に専門分野を規定することばではない。
物質が原子からできていることは化学の分野でしだいに確認されたが、ニュートン力学の成功により、すべての現象を微粒子の力学で説明しようとする力学的世界観が広まり、気体分子運動論が生まれた。その後どの原子よりもずっと質量の小さい電子が発見された結果、原子も内部構造をもっており、電子はその構成要素の一つであると考えられるようになった。原子構造については長岡模型などいくつかの原子模型が提案されたが、ラザフォードの原子模型(1911)が実験的にも確認され、原子核の存在が明らかになった。しかし、原子核の周りを回転する電子は、光を出してエネルギーを失い原子核と合体してしまうはずで、原子の安定性や、原子が出す光が線スペクトルを示すことなどは、古典物理学では説明できなかった。
X線は1895年に発見されていたが、1911年にラウエは結晶によるX線の回折現象をみいだし、X線が電磁波であることを示すとともに、結晶内の原子配列を研究する有力な手段を与えた。放射能は1896年にベックレルによって発見され、その後α(アルファ)線、β(ベータ)線、γ(ガンマ)線の3種に分類されること、それらの本性がそれぞれヘリウム原子核、電子、電磁波であることがしだいに明らかにされていった。
放射能線は原子核から出てくるものと考え、核の周りの電子の運動に量子条件というものを持ち込んで、水素原子のスペクトルの規則性をみごとに説明したのはボーアであった(1913)。その理論は、1925~26年に完成された量子力学にとってかわられ、電子のふるまいは、量子力学の一形式である波動力学によって扱われるようになった。現在ではコンピュータの駆使によってきわめて精度の高い計算が可能である。電子の運動に関する知識は、主としてそれが出したり吸収したりする光のスペクトルから得られるので、分光学が原子物理学ではきわめて重要である。可視光とX線から始まった分光学も、使える波長の範囲がしだいに広がり、それに応じて得られる情報も飛躍的に増してきている。
光と電子その他が、波動性と粒子性の二重性格をもつということは、原子物理学の発展とともに明らかになったことであるが、これは物質観にとって大きな変革をもたらすことでもあった。粒子線のもつ波動性は電子顕微鏡や電子線回折に応用されて、X線とともに物質の構造決定に重要な役割を果たし、波動力学によって解明された電子などの諸性質は、今日のエレクトロニクス時代を招来する電子工学の基礎となった。また、原子核の研究が核エネルギーの解放をもたらしたことは、その功罪はともかくとして、人類の歴史に大きな転換を画すことになった。原子物理学は現在、原子核からさらに進んで物質の究極構造を究めようとする高エネルギー物理学(素粒子物理学)と、原子の集まりとしての物質の諸性質を解明する物性物理学という二つの大きな分野で発展を続けている。
[小出昭一郎]
『エドゥアルド・ウラジミロヴィッチ・シュポ著、玉木英彦訳『原子物理学』全3巻(1974~85・東京図書)』▽『ジョン・チャールズ・ウィルモット著、戸田盛和訳『マンチェスター物理学シリーズ 原子物理学』全2巻(1978、79・共立出版)』▽『菊池健著『原子物理学 微視的物理学入門』増補版(1979・共立出版)』▽『R・ガウトリュー、W・サビン著、松原武生・藤井勝彦訳『現代物理学――相対論と原子物理学』(1988・マグロウヒルブック)』▽『ニールス・ボーア著、井上健訳『原子理論と自然記述』(1990・みすず書房)』▽『山崎泰規著『粒子線物理学』(1994・丸善)』▽『飯沼武・稲邑清也編『放射線物理学』(1998・医歯薬出版)』▽『ニールス・ボーア著、山本義隆編訳『ニールス・ボーア論文集1 因果性と相補性』(1999・岩波書店)』▽『竹内均著『現代物理学の扉を開いた人たち』(2003・ニュートンプレス)』▽『朝倉物理学大系編集委員会編『現代物理学の歴史』全2巻(2004・朝倉書店)』▽『ウェルナー・ハイゼンベルク著、尾崎辰之助訳『現代物理学の自然像』新装版(2006・みすず書房)』
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