天体のスペクトルを観測して、天体の物理的性質や化学組成を研究する天体物理学の一分野。
19世紀初めにフラウンホーファーが太陽スペクトルを研究したことに始まり、1860年代にはセッキが恒星スペクトルの眼視分類を行った。写真術が導入されると、観測は精密化するとともに暗い天体にまで及んだ。一方では20世紀になって、原子・分子の構造とその発するスペクトルについての理解が進み、天体のスペクトルの解読が分光学を応用して進められた。また観測する波長域も、電波から赤外線、紫外線、X線、γ(ガンマ)線に至る全電磁波を網羅するようになった。
光の領域では、波長別に光を分けるのにプリズムまたは回折格子の分光器が用いられ、スペクトル画像は、写真や固体画像素子などによって効率よく記録される。他の波長域では、光のように効率的な手段がないことが多い。基本的には波長別に強度を測定することであるが、これを順次に行うには長い観測時間を必要とする。そこでフィルターまたは同調回路を多数並べて同時に測ったり、フーリエ変換を利用したり、電波を超音波を経て光に変換する音響光学素子などの新技術を導入したりしている。これらの新技術と大望遠鏡の集光力を駆使して、暗い天体をより詳しく調べる方向に向かいつつある。
スペクトルは天体についてもっとも豊富な情報をもたらす。ドップラー効果によってスペクトル線が本来の波長からずれる量を観測することで、その天体あるいはそのスペクトル線を形成する部分の、視線方向の速度成分を知ることができる。こうして恒星の空間運動、連星の公転、恒星の自転や脈動が知られ、また銀河についてはその自転を推定したり、後退速度からハッブルの法則を適用して距離を推定することなどに応用される。
スペクトル線の強度の定量分析で、天体の物理的性質(温度・密度・磁場・運動など)、化学組成を知ることができる。原子・分子の理論や、実験室で得られる波長と強度のデータが利用される。天体の構造は複雑なので、圧力と重力のつり合いなどの物理法則を適用して構造を推定し、それから出てくるスペクトル線の強度を推算して、観測と合致するか検定する。
比較的低分散のスペクトルを用いて、そのなかの特徴のある要素に注目して天体を分類するのが、スペクトル分類である。恒星のスペクトル分類がもっとも体系的に整備されていて、恒星の温度、絶対等級、化学組成の異常などが判別できる。銀河については、形態論的な分類とともに用いて、銀河の性質を知る重要な手掛りとなっている。
[西村史朗]
『桜井邦朋著『現代天文学が明かす宇宙の姿』(1989・共立出版)』▽『フレッド・ホイル、ジャヤント・ナーリカー著、桜井邦朋・深田豊・星野和子訳『宇宙物理学の最前線』(1991・みすず書房)』▽『粟野諭美・田島由紀子・田鍋和仁・乗本祐慈・福江純著『天空からの虹色の便り――宇宙スペクトル博物館 可視光編』(2001・裳華房)』
望遠鏡にプリズムまたは回折格子による分光器をつけ,星や太陽のような天体からの光をスペクトルに分け,その天体大気の温度,密度,電離度,化学組成,大気の成層構造などを研究する学問。天体物理学の中の一大分野である。ふつう,天体光のスペクトルは写真乾板上に白黒で撮影し,その中に見られる幾多の吸収線(スペクトル写真上では黒みがぬけ薄くなる)や輝線(スペクトル写真上では黒みが強くなる)について,それらの形や等積幅(強さ)やドップラー偏移を測定する。それにはまず,各吸収線や輝線の波長をコンパレーターで測定して,すでに実験室測定で知られている波長と比較して,それぞれの線がいかなる種類の原子,イオンに基づいているかを決定する操作を行う。これをスペクトル線の同定という。このようなスペクトル線の同定や強さなどの研究は原子物理学の理論に基づいて行われるものである。またスペクトル線のドップラー偏移からは視線速度がわかるので,天体そのものの空間運動だけでなくその天体表面でのガス流の運動や爆発などによる噴出ガスの状態などもわかる。天体が磁場をもっている場合,ゼーマン効果となってスペクトル線の分離と偏光が起こるので,これから逆に磁場の強さなども知ることができる。天体分光学では,プリズムや回折格子による分光だけでなく,最近はファブリー=ペロー干渉計などの新技術によるさらに高分散の天体分光も研究され実用化されてきている。
→スペクトル型
執筆者:北村 正利
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