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姫谷焼 ひめたにやき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

姫谷焼
ひめたにやき

江戸時代初期,寛文期 (1661~73) 頃に現在の広島県福山市加茂町で焼かれた磁器遺品は小・中皿が多く,染付赤絵がすぐれ,その作風は清楚で気品がある。陶土は硬質で淡い褐色を呈する。近年窯址の発掘で,染付白磁のほか多様の焼物を焼成したことが知られる。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

姫谷焼

江戸初期、備後国深安郡広瀬村姫谷(現・福山市加茂町)で焼かれた色絵陶磁器で、伊万里古九谷と並んで称される。作陶期間が20年ほどと見られているなど謎も多く、幻の焼き物と言われる。

(2012-10-02 朝日新聞 朝刊 備後 1地方)

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百科事典マイペディアの解説

姫谷焼【ひめややき】

広島県福山市加茂町で焼かれた焼物。1670年ごろ没した陶工が作ったと伝えるが,後継者なく廃窯。その間の事情や技術の系統など不明で,幻の窯として種々の伝説や異説を生んだ。
→関連項目加茂

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

姫谷焼
ひめたにやき

広島県福山(ふくやま)市加茂(かも)町の磁器窯。姫谷窯については江戸末期の文献に記述があるが、同町正福寺の過去帳には1670年(寛文10)に姫谷焼陶工の戒名が記されており、このころすでに陶工市右衛門(いちえもん)らが活躍していたことが知られるものの、発祥についてはさだかではない。1977年(昭和52)および78年の考古発掘の結果では、二基からなる地上式登窯(のぼりがま)の跡がみいだされ、染付皿、鉢、香炉、白磁大鉢、皿、碗(わん)、蓋物(ふたもの)、鉄絵破片(以上磁器)、焼き締めの鉢、壺(つぼ)、甕(かめ)、茶碗、茶入(以上(せっき))、さらに灰釉陶(かいゆうとう)などが出土した。それら出土品の熱残留磁気測定によると、1号窯が1620年(±25年)、2号窯が1680年(±30年)となっているが、不確定要素も多いといわれる。姫谷焼として伝世する白磁胎に上絵付した色絵皿は、伊万里(いまり)焼の影響が認められ、その作風から17世紀末から18世紀初期の作と推測される。[矢部良明]

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