マクロな物質は、通常1立方センチメートル当り1020個程度以上のミクロな粒子(分子、原子、電子、原子核)を含み、その温度、圧力に応じて気体、液体、固体のいずれかの状態をとる。これらマクロな物質の存在形態および物性(熱的、電気的、磁気的、光学的、機械的などの諸性質)を、物質を構成しているミクロな粒子の性質と運動に基づいて、微視的観点から解明しようとする物理学の分野を、物性論または物性物理学material physicsという。これは、対象に即した固体物理学、液体や液晶の物理学、プラズマ物理学、高分子物理学、磁性体や半導体の物理学などの個別的分野と、それらを横断する物性基礎論、統計力学などの基礎的分野とからなり、物性論はそれらの総称である。これは、ミクロな粒子そのものの構造や相互作用を究明しようとする素粒子・原子核の物理学や高エネルギー物理学との対比で使われることも多い。また、原子、分子の構造や化学反応も対象とするので、化学と重なる領域をもつ。最近、後で述べるように、マクロな物質(とくに、大気・海洋・太陽やプラズマ流体など)の運動様式および非平衡開放系の散逸構造やカオス・乱流が、統計力学および物性論の重要な研究対象となってきた。
[森 肇]
マクロな物質の存在形態や物性は、その温度、圧力によって著しく異なることが多いので、1気圧の液体ヘリウム4の沸点4.2K以下の低温領域を研究する分野を、とくに低温物理学といい、地球内部のマントル(数十万気圧)や地球核(140万から390万気圧)のような高圧領域を研究する分野を、高圧物理学とよんでいる。
電場を加えたとき、物質を流れる電流のおもな担い手は電子であり、それら伝導電子の応答の仕方によって、物質の電気抵抗は決まる。この電気抵抗の大きさによって、物質は金属、半導体、絶縁体に分類されている。金属と絶縁体とでは電気抵抗が1012倍も異なり、半導体はこの中間の値をもち、しかも温度の上昇とともに電気抵抗が減少するものである。金属(や合金)のなかには、ある温度(臨界温度)以下の低温領域で、電気抵抗がゼロになるものがある。これを超伝導現象という。
また、磁場を加えたときどのように磁化されるかによって、物質の磁性は強磁性、常磁性、反磁性などに分類されている。強磁性とは、キュリー温度とよばれる臨界温度以下の低温領域で自発磁化をもち、磁石となるものである。キュリー温度以上の常磁性状態では、帯磁率の温度依存性がキュリー‐ワイスの法則に従う。超伝導体は完全反磁性を示し、磁力線を完全にはじき返す(マイスナー効果)。
このような物性の解明は、量子力学を基礎として統計力学に立脚して行われてきた。かくてもろもろの自然現象究明の基礎を築いてきたとともに、いろいろな先端技術を生み出してきた。磁石は、原子の磁気モーメント(金属、合金では伝導電子の磁気モーメント)が交換相互作用によって平均として同じ向きに整列し、磁場を加えないでも自発的にマクロな磁気モーメントすなわち自発磁化をもつ。温度を上げると、原子、伝導電子の磁気モーメントのランダムな熱運動が激化し、キュリー温度以上では交換相互作用に打ち勝って自発磁化が消失する。この原子、伝導電子の磁気モーメントの起源は、電子のスピン自由度の量子論的効果であり、古典物理学の範囲内で説明できると考えられている地磁気の成因とは本質的に異なる。
超伝導現象も量子論的現象である。量子論的現象には、ミクロな空間的スケールでおこるものと、多数の粒子からなるマクロな体系において、粒子のド・ブローイ波(物質波)がマクロな空間的スケールまで広がることによっておこるものとがある。電子のスピン磁気モーメントは前者の例である。超伝導現象や液体ヘリウムの超流動は後者の例であり、巨視的量子現象とよばれている。
[森 肇]
物性論の原形は、19世紀後半に展開された気体分子運動論にみることができる。これは、気体の状態方程式、比熱、輸送係数(粘性率、熱伝導率)を、分子の性質と運動から算出することに成功した。そこで発見された重要な概念は、分子の熱運動、その確率論的表現、エントロピー増大に関する熱力学第二法則の統計力学的把握である。これらは、20世紀初頭における物質の原子論の実証および統計力学の発展への道を切り開いた。
統計力学は、マクロな物質の存在形態と運動様式をミクロの世界から解明しようとする理論体系であり、物性論の基盤をなすものである。ミクロの世界は量子論によって記述され、その実験的研究は赤外線、可視光、X線による分光法などの手段で行われてきた。物質に静磁場とマイクロ波を加え、電子のスピンにマイクロ波の共鳴吸収をおこさせる電子スピン共鳴法や、ラジオ波を加えて原子核スピンに共鳴吸収をおこさせる核磁気共鳴法も、物質のミクロな運動や構造について有用な情報を提供してくれる。
分光法は、レーザー光源や貯蔵リング中の高エネルギー電子のシンクロトロン放射を利用する放射光源の出現によって、新たな威力を増した。電子線、中性子線、イオン線を物質によって弾性散乱または非弾性散乱させ、ミクロな構造や運動を知ることができるし、物質中の放射性原子核の放射するγ(ガンマ)線からミクロの情報を得ることもできる。これらは、着目した系に摂動(せつどう)を加え、それに対する系の応答をみることによって、系の構造や運動を知る方法であり、小さな摂動に対する線形応答については統計力学的一般論が確立されている。
熱力学的力(温度勾配(こうばい)、流速勾配など)による線形輸送現象についても統計力学的一般論がつくられた。かくして、熱平衡状態およびその近傍の非平衡状態については統計力学が確立され、現在、それに基づいて極低温、超高圧、超強磁場など種々の極端条件下の物質の研究とともに、いろいろの新物質の開発が行われ、かつてないほどの広がりをもって多彩な物性論が展開されている。その広領域性を強調するため、物性科学とよばれることがある。
先端技術の発展は、このような物性科学に負うところが大きい。トランジスタの材料であるゲルマニウムやシリコンの基本的な性質を明らかにしたのは物性科学であったし、レーザーの発見や種々の情報科学技術の進展が物性科学のなかから生まれた。また、新しい地球観(プレートテクトニクス、大気や海洋の階層的流動構造、地球形成の微惑星説など)の発展は、核磁気共鳴磁力計や超伝導磁力計による海洋底の岩石磁気の効果的測定、人工衛星による大気・海洋の観測や宇宙船による惑星探査における分光法的測定などによってもたらされたものといえる。
超伝導現象の実用化は先進国間の激しい競争となっている。ジュール熱の発生がない超伝導磁石、超伝導発電機・電動機、熱雑音がないため可能となる微弱な信号の受信(宇宙通信)、マイスナー効果を利用したリニアモーターカー、コンピュータの超伝導素子、電磁流体発電、超伝導送電など、室温における超伝導体が発見されると、その実用性は計り知れないほど大きい。その実現は、21世紀にかける一つの大きな夢である。
[森 肇]
固体の結晶では、原子が周期的な空間格子点の上に規則正しく配列し、並進対称性がある。液体や気体はこのような空間的秩序をもたないが、温度を下げるか圧力を上げていくと、結晶へ転移する。このような結晶化は剛体球系でもおこり、原子が占める空間の充填(じゅうてん)率がある値を超えると、不規則な配置をとるよりも、規則的に配列しておのおのの自由体積を動くほうが自由エネルギーが低くなるという満員現象にほかならない。
気体と液体との間の相転移は、ファン・デル・ワールスの状態方程式によって近似的に記述できる。その特徴は、臨界温度より高温では圧力は体積の単調減少関数であるが、臨界温度より低温では、体積が減少すると圧力が減少するという不安定領域が現れることである。これは、気体・液体相転移をはじめ、一般に二次相転移(常磁性・強磁性転移、液体ヘリウム4の常流動・超流動転移など)に特有な不安定性を表している。この不安定性のため、臨界温度に近づくと、熱揺動の空間的相関距離が無限大となり、ミクロのスケールからマクロのスケールにわたる熱揺動が比熱、圧縮率、帯磁率、種々の輸送係数に寄与し、これらの物理量が臨界温度で発散することになる。これらの特異性をとらえるため、ミクロのスケールからマクロのスケールにわたる熱揺動の、スケーリング理論やウィルソンの繰り込み群理論が展開され、1970年代に臨界現象の本質が解明された。
[森 肇]
日常よく見られる自然の運動は、大気や海洋における流体の運動であろう。木の葉のそよぎ、夏の入道雲や夕焼雲、秋のいわし雲、台風や季節風がつくる多様な渦群から、気象衛星の写真に見られるいろいろな雲の集団に至るまで、自然のさまざまな局面は、熱平衡から遠く離れた非平衡開放系(外からエネルギーや物質が流入し、外に熱や物質が散逸している非平衡系)であり、そこでは、エネルギーや物質の流入・散逸のバランスによって、散逸構造とよばれる新しい構造が動的に形成維持されている。しかも、長時間スケールでみれば、ランダムで予測不可能となるカオスや乱流が発生しているのである。
それらカオスのアトラクター(すなわち、相空間においてカオス軌道を引き寄せる領域)は、自己相似な非整数次元のフラクタルであり、その形態は、共存する不変集合(周期軌道、トーラス(輪環面)など)によって決まるのである。また、流体の発達した乱流は、多数の小さな渦からなり、次々と渦分裂を繰り返すと同時に、コルモゴロフのスケーリング則に従っているのである。このようなカオス・乱流の解明は19世紀末以来の課題(レイノルズ1883、ポアンカレ1899)であるが、その研究が進展し始めたのは、1960年代以降における力学系理論の発展と計算機による数値計算の発達によるといえる。とくに、カオス軌道の予測不可能性と記憶喪失の統計力学的解明は、非線形力学系の偶然性と必然性に対する新しい視座をもたらし、長い間自然科学を支配してきた決定論的で機械論的な自然観(ラプラス、1814)の変革を迫っているといえる。
[森 肇]
力学系のカオスの特色は、初期値のわずか異なる二つのカオス軌道の間の距離が、ある正の最大リアプノフ指数λ1を時間的拡大率として指数関数的に拡大されていくことである。これを軌道不安定性または初期値敏感性という。これは別の表現をすれば、カオス軌道は、平均として時間τ1=1/λ1の間に初期の記憶を喪失し、長時間後t》τ1には確率論的でランダムになるのである。したがって、カオス軌道は、短時間スケールでは決定論的で予測可能であるが、長時間スケールt》τ1では確率論的でランダムになる。このようなカオスの二重構造が、自然のいろいろな階層構造をつくりだすと考えられる。
マクロの自然では、その分子の熱運動など、ミクロの世界の運動は決定論的で時間反転について可逆であるが、マクロの運動エネルギーが分子の熱運動エネルギーに散逸していくマクロの世界では、運動は確率論的で時間反転について不可逆であり、熱力学第二法則が成立している。このようなミクロとマクロの二重構造も、ミクロの自由度とマクロの自由度との間の相互作用によるカオスの二重構造としてつくりだされるのである。
気象衛星の写真に見られるように、地球大気には、数百キロメートルにわたる巨大スケールの散逸構造が出現する。そのよく知られた例は、冬から春にかけてアジア大陸から吹く北西の風が、韓国の済州島(さいしゅうとう/チェジュド)の高さ約2000メートルの山の南方につくる巨大スケールのカルマン渦列である。その長さは、済州島から鹿児島の南方海上の奄美(あまみ)諸島にわたっている。その平均風速はU~10m/sで、そこでは、混合距離l~10メートルの中間スケールの乱流がおこっている。その乱流が、空気の分子粘性ν0~10-5m2/sよりもはるかに大きな乱流粘性ν~Ul~107ν0をもたらし、レイノルズ数R~102の巨大カルマン渦列をつくりだすのである。
このようにして、カオス・乱流の二重構造が自然のさまざまな階層構造をつくりだして、マクロの流体運動が気象現象をはじめ森羅万象(しんらばんしょう)をもたらすといえる。したがって、カオス・乱流の統計力学の進展は、地球・惑星・太陽の科学や宇宙の科学の発展に不可欠である。自然は大部分非平衡にあり、非線形非平衡にあるマクロな物質の存在形態と運動様式の解明は、環境科学や生物科学の発展にとっても重要であるといえよう。
[森 肇]
『近角聡信編『物性科学のすすめ』(1977・培風館)』▽『向坊隆・笛木和雄著『物性論』第2次改訂版(1983・電気学会)』▽『H・E・スタンリー著、松野孝一郎訳『相転移と臨界現象』新装版(1987・東京図書)』▽『J・M・ザイマン著、山下次郎・長谷川彰訳『固体物性論の基礎』(1992・丸善)』▽『森肇著『カオス――流転する自然』(1995・岩波書店)』▽『永長直人著『物性論における場の量子論』(1995・岩波書店)』▽『藤坂博一著『非平衡系の統計力学』(1998・産業図書)』▽『小泉義晴・高橋宣明著『固体物性論の基礎』(1998・東海大学出版会)』▽『岩本光正著『電子物性の基礎――量子化学と物性論』(1999・朝倉書店)』▽『森肇・蔵本由紀著『散逸構造とカオス』(2000・岩波書店)』▽『石井晃著『物性論入門』(2001・共立出版)』▽『黒沢達美著『物性論――固体を中心とした』(2002・裳華房)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…物性物理学とは,物質に関する基礎科学を意味し,物性論ということばもよく用いられる。物質の示す熱的な性質,弾性や塑性などの力学的性質,電気的あるいは磁気的性質,光学的性質などを総称して物性といい,物質の物性に関する物理学を研究する学問分野が物性物理学である。…
※「物性論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
小麦粉を練って作った生地を、幅3センチ程度に平たくのばし、切らずに長いままゆでた麺。形はきしめんに似る。中国陝西せんせい省の料理。多く、唐辛子などの香辛料が入ったたれと、熱した香味油をからめて食べる。...
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