粘性を無視した流体のことで、理想流体ともいう。われわれの身の回りの水や油のような液体、空気や水素ガスのような気体は、自由に形を変えるという性質をもち、一括して流体とよぶ。液体や気体は多数の原子や分子からなる粒子から構成されており、それらの粒子は熱運動をしている。日常経験する範囲の大きさでみれば、分子や原子の微視的構造を時間・空間で平均し、連続的な物理量をもつ物体=連続体とみなすことができる。したがって、流体の運動は、各時刻の空間各点での速度、密度、圧力、温度を用いて記述される。その基本方程式はナビエ‐ストークス方程式とよばれている。ところで、水や空気はさらさらしているのに対し、油は粘りがあり流れにくい。この性質を粘性とよび、すべての流体は粘性をもっている。たとえば、カップにコーヒーを入れカップを回すとコーヒーもいっしょに回り始めるのは、粘性が存在するためである。しかし、粘性を考慮した流体の運動は取扱いがむずかしいため、第一段階として粘性のない理想的な流体を調べることが多い。このような粘性のない流体を完全流体とよび、水や空気のようなさらさらした流れを、よく記述できることがわかっている。
[池内 了]
粘性のない仮想的な流体。粘性の小さい流体の流れでは,物体の表面の境界層や衝撃波の内部など,速度の変化が著しい,薄い部分を除けば,粘性の影響を無視することができる。そこで上記の薄い部分を無限小の厚さの不連続面とみなし,完全流体という概念を導入することによって理論的な取扱いを容易にすることができる。完全流体の中では,その内部にとった面を通して両側の流体が及ぼし合う内力(応力)は,運動している場合でも静止しているときと同じく面に垂直で面の方向にはよらない大きさで押し合う力(圧力)だけである。また外力が働いていてもそれが非回転力(保存力)ならば,密度が一定あるいは圧力だけによるという条件の下に渦の不生不滅性が保証されるので,数学的に美しい簡単な理論が構成できる。ただし静止している完全流体中を等速度で運動する物体の抵抗が0になるというダランベールのパラドックスが生ずるが,流線形の物体については境界層(境界層が剝離して渦が発生する場合はさらにそれによる後圧の降下)を考慮することによって抵抗の存在を説明できる。
→粘性
執筆者:橋本 英典
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理想流体ともいう.粘性のない理想化された流体をいう.ある連続体内の1点に任意の方向をもつ微小面積Sを考え,その両側の部分をA,Bとする.いま,AからBにはたらく力は一般に面Sに垂直な力 f⊥ とSに平行な力 f∥ に分けて考えられるが,連続体が静止の状態のときはつねに f∥ = 0が成立するのがその連続体が流体であるということの条件である.AからBの方向へS平面に垂直にz軸をとる.いま,S平面に平行の方向へのA,Bの速度の差があるとき,あるいは流体のS平面方向の速度vのS平面における傾斜dv/dzがあるとき,一般に f∥ はもはや0ではなく,
f∥=ηS(dv/dz)
となる.これは流体に粘りが現れてきたことを示すもので,ηは粘性係数である.流体が粘性をもつことの影響は,流体中におかれた物体の表面における流体の速度の考え方に表れる.粘性があるときはこの速度は0であるが,粘性がないときはすべりがあることになる.これは流体の運動の具体的な方程式を解くときの境界条件の相違を意味し,当然,粘性のないほうが簡単である.したがって,実際の流体を理想化して粘性がないものとして運動方程式を解き,その解につき物体表面で粘性を考慮した補正を入れるような方法もとられる.
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…しかし,自由表面がなく密度があまり変わらない定常的な流れでは,流体の慣性的な力ρU2L2と粘性による力μULとの比であるレーノルズ数Re=ρUL/μが同じならば相似(レーノルズの相似則)が成り立ち,模型実験や数値計算に利用される。 ふつうのスケールでの水や空気の流れではReが非常に大きく,物体面などを除けば圧力の効果に比べて粘性による応力の効果を無視できる場合が多いので,理想化して粘性のない流体,すなわち完全流体を考え,その流れを議論するのが便利である。縮まない完全流体の定常な流れではベルヌーイの定理が成立する。…
…これは回転速度の異なる水の部分どうしが,粘性によって互いに速度を一様にしようとする向きに力を及ぼすためである。粘性を有する流体を粘性流体viscous fluid,粘性をもたない流体を完全流体というが,実在の流体は超流動状態の液体ヘリウムを除けば,多かれ少なかれ粘性をもっている。 図に示したように粘性をもつ流体を2枚の平板の間にはさみ,上の平板を一定の速度で右のほうへ移動させると,速度こう配をもった流れが生ずる。…
… 静止している流体中では,その中にとった面を通して両側の流体が及ぼし合う力は面に垂直に押し合う圧力であるが,運動している流体では変形(ひずみ)速度にさからう粘性による力(粘性応力)が現れる。粘性の影響が小さい場合の理想化として,粘性を無視し内力としては圧力しか働かないとした流体を完全流体と呼ぶが,超流動状態の液体ヘリウムを除けば実在の流体はすべて粘性をもつ粘性流体である。通常の流体では粘性応力は変形速度の一次関数となり(ニュートンの粘性法則),ニュートン流体と呼ばれる。…
※「完全流体」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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