政府や官吏を尊いものとし,一般人民や民間の事業を卑しいものとする考え。福沢諭吉の《福翁百話》のなかに,〈吾々学者流に於ては人権平等の論を論ずること久し。官尊民卑も亦この論旨に反するものなるが故に云々〉とある。このような考え自体は日本に限ってみられるものではない。一般に絶対主義のもとでは,君主がもろもろの価値の源泉とされ,これに近いところにある者ほど尊い存在であると考えられていた。また,それによって国家秩序が保たれていたのである。栄典制度のうえで,官吏がつねに優遇されてきたのは,その現れである。このような状態は,絶対主義が崩壊し,君主が価値の源泉としての機能を失って以後も,それほど変わることがなかった。たとえば,近代的な官吏も高い身分的な社会的尊敬を追い求め,たいていの場合それを享受する,とM.ウェーバーも述べている。もっとも,近代的な官吏の社会的尊敬はむしろ学歴と結びついており,それだけ機能的な性格を強めていることは確かであろう。日本の場合も,事態の本質は変わらない。ただ,ここでは官民間の落差がひときわ大きく,官吏にあらざれば人にあらずとする風潮さえあった。これは,一つには明治政府の指導者の多くが下級士族の出身であり,社会的尊敬の点で劣位にあったので,それを埋め合わせるためことさらに天皇を神聖化しなければならなかったためであろう。そして,この特質は,太平洋戦争後の制度改革により天皇の官吏が国民の公僕に転身して以後も消滅することなく,学歴に対する異常な関心を通じて再生産され,行政指導などの政府活動を支える心理的基盤を提供しつづけているのである。
→官僚
執筆者:伊藤 大一
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