小説,講談,歌舞伎狂言の一系統。実録によった読み物,狂言の意。事実を正確に写すというのではなく,虚構の中に真実を伝えようとするものを意味する。この名称は近代に入ってから近世の一類の読み物に与えられたもの。実録体小説ともいう。古くは〈写本物〉〈軍談の双子〉といわれ,写本で行われ,貸本屋が扱った点が注目される。薄い本で,文字が大きく読みやすいところに特色がある。多くは講談の丸本を整理したもので,原本はおおむね講釈師の手になった。《真書太閤記》《大岡政談》などはとくに有名である。実録体小説にはお家騒動物,仇討,さばき物,武勇伝などがあり,《伊達対決》《越後評定》などがよく知られている。仇討では曾我,伊賀越,赤穂が著名。実録体小説があらわれるのは宝暦(1751-64)のころで,講談が発達し,小説が不振になったための所産である。寛政(1789-1801)のころになって実録体小説は読み物としての強い性格をもつようになった。実録体小説は,講釈種の合巻や読切一代記物の進出のために嘉永(1848-54)以後急速に衰えた。そして1883年(明治16)ごろから活版印刷で刊行され,写本はついに滅亡した。
歌舞伎における実録物は,明治になって生じた荒唐無稽な筋をきらう近代合理主義の所産であり,演劇としては低調な現象であるが,《実録先代萩》《実録忠臣蔵》《実録天神記》など,古典歌舞伎の代表作の実録化が行われた。その方法は,時代物だけではなく,世話物でも採用されて《実録の助六》《実録伊勢音頭》などが生まれた。1874年3月東京村山座初演の《夜討曾我狩場曙》をはじめとして河竹黙阿弥は次々に実録物を書いた。76年6月東京新富座初演の《実録先代萩》すなわち《早苗鳥伊達聞書(ほととぎすだてのききがき)》は《伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)》の実録化であり,83年10月新富座初演の《千種花音頭新唄(ちぐさのはなおんどのしんうた)》は《伊勢音頭恋寝刃》の実録化であった。そのほか《天衣紛(くもにまごう)上野初花》《扇音々(おうぎびようし)大岡政談》などのように講談から取材した実録物もある。歌舞伎における実録とは,実説にもとづいた脚色というよりも,江戸時代の実録本による脚色である。
執筆者:関山 和夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
江戸時代の読み物の一種。1722年(享保7)幕府の発した出版取締令によって、徳川氏に関係した事柄、世上の噂(うわさ)や実際にあった事件などを素材にした小説類や演劇台本などは、すべて公刊・公演が不可能となった。その結果、そのような内容のものは、すべて作者不明の写本で、貸本屋を通じて読者の手に渡ることになった。その多くは、講釈師の口述を書き留めた講釈台本を書き写したもので、総称して実録物という。実録というが、多く虚構を交えたものである。内容から、中世以来の合戦を記した軍談物、伊達(だて)騒動などの裁判記録の形をとる評定(ひょうじょう)物、京都所司代板倉父子や江戸町奉行(ぶぎょう)大岡越前守(えちぜんのかみ)らの裁判記録を世話読み物化した捌(さば)き物、曽我(そが)兄弟や伊賀(いが)越えの仇討(あだうち)などの仇討物、戦国の英雄の事蹟(じせき)をつづった史伝物などに大別しうる。写本で行われていたために作者や成立時期の考証が困難であり、かつ文芸性に乏しいために研究者も少なく、近世文芸の一ジャンルとして一般には認められていない。しかし、寛政(かんせい)の改革以降、たとえば合巻(ごうかん)の最初とされる式亭三馬(しきていさんば)の『雷太郎強悪物語(いかずちたろうごうあくものがたり)』(1806)が、天明(てんめい)(1781~89)ごろの実録物『天明水滸伝(すいこでん)』に取材していると伝えられ、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)編の人情本『清談峯初花(せいだんみねのはつはな)』(1819)が1809年(文化6)ごろ成立の実録小説『江戸紫』を編纂(へんさん)したものであるなど、読本(よみほん)や合巻、初期人情本などの伝奇的小説に多くの素材を提供しているなど注目されるところで、今後の研究が期待されている。
[神保五彌]
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