中世の武家領主,大名の家の基本法。家法にはその制定目的や効力の異なる2種のものがある。ひとつは,家の法の基礎とする目的で重要事項を網羅し,長期的展望のもとで制定され恒久的効力が付与された家の基本法規であり,もうひとつは,そのときどきの必要に応じて制定された個別法規であるが,一般には前者の家の基本法を家法と称している。また中世領主の家の存続・繁栄を目的としてつくられた規範としては,家訓と家法があり,実態的には両者はきりはなすことのできないものとして存在するため,家訓を広義の家法のなかにいれることも可能であるが,法史の上からは,この法規範と道徳規範の未分化状態が家法の発展とともに分化していくことから,両者を別種のものと把握している。
通常,家法の出発点は,財産譲与の際に作成される譲状(ゆずりじよう)にふくまれる規範部分が法規範として分化した置文(おきぶみ)であるとされている。この一族子弟を規制対象とした家長の法としての置文は,一族子弟だけでなく,その家臣をも家の擬制的構成員として階層的に編成し,彼らを包摂した〈家〉が形成されるとともに,主人の法としての性格を強め,家臣団統制法としての発展をとげる。15世紀末につくられた安芸の国人(こくじん)領主小早川弘景の置文はその典型である。
一方,これらの在地領主は,領民支配のための法を必要とするようになると,家法のなかに領主の法の要素を付加していく。鎌倉時代中期の家法《宇都宮家式条》,《宗像氏事書》は,この領主の法としての性格をも強くもっている。やがて戦国大名が地域的政権を樹立すると,その主権者意識のもとで,領国の被支配者を規制対象とする国法的要素を強くもった基本法典としての戦国家法を成立させる。戦国家法のなかには,守護法の系譜をひく国法的要素を強くもつものもあり,この点を重要視して分国法として一括して呼ぶこともある。
執筆者:勝俣 鎮夫
江戸時代の商家にあっては,家訓を家法と称することもあり,家法と家訓を明確に区別することは難しいが,あえて狭義に定義すれば,家訓が処世的な道徳訓としての色彩をもつのに対し,家法は家業の基本方針の決定を基礎とした家産継承のための制度的意味をもつものといえる。江戸時代の大商家にあっては,経営基盤が親族・同族の上に拡大され,その全体の秩序を維持することが困難になった時点で,家制度を確定する家法が生み出された。元禄期(1688-1704)の投機型商人として一代で産をきずいた奈良屋茂左衛門の1714年(正徳4)の遺言状は,死後の財産管理についての指針を示した家法の先駆的なものといえる。17世紀以降三都に呉服・両替店を設けた三井家の家法は,初代高利の1694年の遺書を祖型とし,1722年(享保7)2代高平の《宗竺遺書》によって確定したといわれ,また大坂随一の豪商鴻池家の場合も,その家法とされる23年の《家定記録覚》は経営の基礎を固めた3代宗利の作成した《先祖之規範幷家務》を集大成したものである。両家家法の内容はそれぞれ個別のものではあるが,その骨子は同族経営の安定性を確保するための家制度のあり方,具体的にいえば,親族・同族の範囲の規定,家督相続法,家産の管理・運営にかかわる定律であり,それを支える営業面での経営方針の明確化,経営組織の合理化・整備,家長の独裁・恣意を抑制する合議制の導入,奉公人の雇用制度・服務規定・冠婚葬祭等に関する精細な規定を伴うものであった。大経営の商家におけるこのような家法の成立は,不況期を迎えた享保期の流通機構の固定化などの経済情勢の変化に対応するためのものであったから,将来の経営の拡大の展望に立つものではなく,新規の営業を禁じる保守的・封鎖的な経営姿勢を示すものであった。このような上層商家の家法は明治中期に至って家憲制定の原典として継承された例が多い。
→家訓
執筆者:鶴岡 実枝子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
武家社会における一家の法、掟(おきて)。武家家法のこと。とくに中世後半に顕著に現れる。広義には家訓(かくん)を含むが、中世においてしだいに家法と家訓が分化・弁別されていく現象に注目すれば、両者は峻別(しゅんべつ)される必要がある。家法は、(1)家長の法として一族子弟を規制対象とするもの、(2)主人の法として従者を規制対象とするもの、(3)領主の法として領域内の被支配者を規制するもの、に大別される。このうち幕府法、公家(くげ)法、本所(ほんじょ)法といった他の諸法との関連を考えるうえで重要なのが(3)の領主の法としての家法である。これは制定者がその家全体の基本法規とする目的をもって制定し、その立法項目の多くは、おおむね長期的な見通しのなかで基本とされるものであり、それゆえ効力の永続化が図られている。
家法として今日に伝えられているものに、宇都宮家式条(しきじょう)、宗像氏事書(むなかたしことがき)、相良氏法度(さがらしはっと)、大内家壁書(かべがき)、今川仮名目録、塵芥集(じんかいしゅう)、甲州法度、結城(ゆうき)家法度、六角(ろっかく)氏式目、新加制式、長宗我部元親(ちょうそがべもとちか)百箇条、吉川(きっかわ)氏法度などがあげられるが、これらの大部分は応仁(おうにん)の乱(1467~77)以後に作成されたいわゆる戦国家法や分国法とよばれるものにあたる。これは家法の残存という偶然性の問題ではなく、戦国大名がその領国支配に際し、基本法規の制定を必要としたことを明確に示している。なお、家法の系譜、内容、発達過程などについては未解決の課題も残されている。
[久保田昌希]
『佐藤進一・池内義資・百瀬今朝雄編『中世法制史料集 第3巻』(1965・岩波書店)』
家およびその構成員を律する規範。中世の在地領主や大名の家の法をいうことが多い。道徳的訓戒を主とする家訓(かくん)に対して,道徳規範から分化した法規範を示したものをいう。家の構成員を律する規範は,譲状などに記された規範的文言や,それが独立した文書の体裁をとった置文(おきぶみ)に出発点をもつと考えられ,一族子弟を規制する家長の意思表示である規範的文言が,家臣をも構成員とする拡大した家の形成によって,家臣団統制のための主人の法として発展をとげた。そうした在地領主や大名の家が,領域支配を行う領国にまで拡大され,家法もまた領国支配の分国法へと拡大をとげる。
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…内容としては〈君君たらずとも,臣民は主に対して反抗せず,裏切りもせずに誠を尽くすことが当然と考えよ〉とさとすもの,綿々と治世の原理を説いたもの,自己の経験を語って子孫の参考にしようとしたものなどから,近世の平和とそれに伴って発達した儒教の影響によって,経書の教えは皆家訓であるとしたり,経験よりもこの教義に従った生活を述べる教条的・抽象的なものへと変化し,さらに明治に入ると華族令による家範として法令的な家政の規準へと変質していった。家法分国法【辻本 弘明】
[近世商家の家訓]
士農工商という職能的な身分制度に編成された江戸時代社会の商家においては,その営業が世襲性と結びついて固定的な家職=家業と意識され,武家の場合と同様にその存続と将来の繁栄を希求する目的で家訓が作成されるようになった。すなわち相当規模の家産を蓄積した大商家にあっては,営業の基礎をきずいた創業者としての初代,もしくは経営の拡大・発展に貢献して〈中興の祖〉と呼ばれる2,3代目の当主などによって執筆されることが多く,過去の体験や労苦の中から得られた経営理念なり生活信条を家訓として成文化し,子孫に伝えることによって家業の永続と繁栄に寄与することを念願したのである。…
…中国において,師から弟子へと伝授される学問の流儀。一家をかまえた学問の流儀であるので家法ともよばれる。漢代の経学,とくに今文学においてやかましくいわれ,太学の五経博士はすべてこれをもって教授した。…
…日本ではおよそ11~12世紀から16世紀までの間に現れた国家法および個別の団体法の総体をいう。
【中世法の形成】
11~12世紀ごろ,古代国家が解体し,代わって王朝国家が姿を現すと,形骸化した律令法に代わる新しい法体系が成長して,王朝国家を支えることとなる。…
…狭義では藩制定法および藩の判例法,先例法をさす。ただし藩法という名称は,明治になって用いられたもので,江戸時代には〈家法〉〈国法〉などと呼ばれた。宗門改め,度量衡,交通など江戸幕府の全国的支配権に属することを除けば,藩はかなりの自律を認められ,〈万事江戸之法度の如く,国々所々に於て之を遵行すべし〉(寛永12年武家諸法度)といった限定はあるものの,各藩はそれぞれ別個の藩法を施行した。…
…戦国大名が領国支配のため制定した基本法。戦国家法ともいう。戦国大名が発令した戦国法は,個別的に出された単行法と分国法に大別されるが,分国法は,戦国大名により,その支配対象である家臣団および領国のすべての法の基礎とする目的で制定されたものである。…
※「家法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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