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奈良屋茂左衛門 ナラヤモザエモン

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デジタル大辞泉の解説

ならや‐もざえもん〔‐モザヱモン〕【奈良屋茂左衛門】

[?~1714]江戸中期の豪商。江戸深川の材木商。日光東照宮の修築で巨富を積み、紀国屋文左衛門と並び称された。資産を継いだ子が吉原で豪遊した話は有名。

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百科事典マイペディアの解説

奈良屋茂左衛門【ならやもざえもん】

江戸時代の豪商。通称奈良茂。姓は神田氏,代々茂左衛門を称す。初代から江戸深川霊岸(れいがん)島に住し,4代〔?-1714〕は材木商を営み,日光東照宮修築ほかで巨富を得た。

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江戸・東京人物辞典の解説

奈良屋茂左衛門

1655?〜1714(??年〜正徳4年)【豪商】日光東照宮の資材調達で、一気に巨財をなした豪商。 深川の材木商。通称奈良茂。一代で財をなしたのは4代目奈良茂勝豊(1655?〜1714)。日光東照宮の修復用材調達を請け負い、巨額の富を成したが5代・6代で衰退した。紀伊国屋文左衛門との派手な遊興を争った逸話は、4代と5代が混同されて作られたと言われている。

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世界大百科事典 第2版の解説

ならやもざえもん【奈良屋茂左衛門】

江戸中期の江戸の材木商。姓は神田氏。通称奈良茂。初代勝義の寛永年中(1624‐44)から深川霊岸寺に住し,3代逢勝早世のあと,弟の4代勝豊は材木商に奉公し28歳のとき独立,日光東照宮修復工事の御用材納入を請け負って巨利を占めた。東湊町一丁目に本居を構え,地震,大火の多発に加え,元禄期(1688‐1704)の寺院建立・土地造成ブームに便乗して公営工事の請負業者として,短期間に巨万の富をきずいた。同時期の紀伊国屋文左衛門とともに特権的投機商人の典型とされる。

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大辞林 第三版の解説

ならやもざえもん【奈良屋茂左衛門】

?~1714) 江戸中期の豪商。江戸深川の材木商。通称、奈良茂。号、安休。車力の子から立身し、日光東照宮の修営で巨富を築いた。子の広璘と勝屋が莫大な遺産を継ぎ、豪遊した話は有名。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

奈良屋茂左衛門
ならやもざえもん
(?―1714)

元禄(げんろく)時代の材木商。一代で富豪に成り上がった。略称奈良茂(ならも)。豪商紀文(きぶん)と並び称された。姓は神田、名は勝豊、剃髪(ていはつ)して安休と号す。茂左衛門は代々の通称で、勝豊は4代目。日光東照宮修築の際、材木調達を請け負い、ぬれ手に粟(あわ)の大もうけをしたという。以後、寺社を盛んに建立した徳川綱吉(つなよし)政治の時流に乗り、幕府の材木御用達(ごようたし)として巨富を積んだ。しかし将軍綱吉が没した翌年の1710年(宝永7)には材木商を廃業、安楽に暮らせる貸家業に転じた。正徳(しょうとく)4年6月13日没。法名は還到院楽誉西谷安休居士。遺産は13万2000両余で、内訳は家屋敷30か所(沽券(こけん)高4万4000両余)、現金約4万8000両、貸金4万両。莫大(ばくだい)な遺産は長男広と次男勝屋が遊興にふけり散財したが、紀文のように完全には没落せず、幕末まで中流の江戸町人として面目を保ち存続した。[竹内 誠]

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世界大百科事典内の奈良屋茂左衛門の言及

【家法】より

…江戸時代の大商家にあっては,経営基盤が親族・同族の上に拡大され,その全体の秩序を維持することが困難になった時点で,家制度を確定する家法が生み出された。元禄期(1688‐1704)の投機型商人として一代で産をきずいた奈良屋茂左衛門の1714年(正徳4)の遺言状は,死後の財産管理についての指針を示した家法の先駆的なものといえる。17世紀以降三都に呉服・両替店を設けた三井家の家法は,初代高利の1694年の遺書を祖型とし,1722年(享保7)2代高平の《宗竺遺書》によって確定したといわれ,また大坂随一の豪商鴻池家の場合も,その家法とされる23年の《家定記録覚》は経営の基礎を固めた3代宗利の作成した《先祖之規範幷家務》を集大成したものである。…

【木場】より

…元禄期(1688‐1704)には幕府の建築事業が多かったため,御用材の調達を請け負う大商人が出現した。紀伊国屋文左衛門や奈良屋茂左衛門は代表的商人である。とくに紀文は遊里での豪遊などで著名であった。…

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