〈すくし〉ともよみ〈熟紙(じゆくし)〉ともいう。平安時代以降,使用済みの紙や反故(ほご)紙を原料として漉(す)いた紙をさし,〈漉返し紙(すきかえしがみ)〉,また墨を含むため色が浅黒いので〈薄墨紙(うすずみがみ)〉ともいった。764年(天平宝字8)の《正倉院文書》に,生紙(きがみ)に対する加工紙の意で,〈熟紙〉として初出するが,〈しゅくし〉はこれの清読であるとする説(《古今要覧考》)や〈旧〉の意で〈宿〉の字を用いたのだとする説(《類聚名物考》)など諸説ある。写経のほかさまざまな文書に用いられたが,もともとは故人をしのんでその生前に使った紙を漉き返して写経に用いたことが始まりといわれる。また鎌倉時代以降,天皇の側近に仕える蔵人(くろうど)が天皇の意を奉じて出す綸旨(りんじ)のことを,〈薄墨の綸旨〉と呼ぶのは,綸旨の用紙に宿紙を用いたためである。綸旨に限らず,もともと宿紙はおもに宮中で使われたので,紙屋院(かみやいん)で多く漉かれ,後に紙屋紙(かみやがみ)といえば宿紙のことをさすほどになった。
執筆者:編集部
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…写経のほかさまざまな文書に用いられたが,もともとは故人をしのんでその生前に使った紙を漉き返して写経に用いたことが始まりといわれる。また鎌倉時代以降,天皇の側近に仕える蔵人(くろうど)が天皇の意を奉じて出す綸旨(りんじ)のことを,〈薄墨の綸旨〉と呼ぶのは,綸旨の用紙に宿紙を用いたためである。綸旨に限らず,もともと宿紙はおもに宮中で使われたので,紙屋院(かみやいん)で多く漉かれ,後に紙屋紙(かみやがみ)といえば宿紙のことをさすほどになった。…
…特権として京中における紙漉業の独占権と課役免除を保持した。上下の2座から成り,主として綸旨(りんじ),口宣案(くぜんあん)などに不可欠な宿紙を貢納したところに名称の由来がある。上座は律令制下における図書寮紙屋院の紙工の系統の者によって組織され発展したもので,紙屋院廃絶以降の朝廷需要の宿紙などの紙類を製造するとともに,座の上位にある兄部(このこうべ)(統率者)のうち,例えば栂井氏などは世襲的に図書寮允,属官に補任されて恒例,臨時の朝儀の図書寮官人役を勤仕した。…
…紙屋院ですかれた紙は紙屋紙と呼ばれ,上質で,写経や宣旨・綸旨の紙,あるいは宮廷での使用等にあてられたようで,《源氏物語》などの文学作品にも見られる。また,故紙をすき直して造る宿紙(しゆくし)は紙屋院ですかれていたことから,宿紙の生産がふえるにしたがい,宿紙を紙屋紙と呼ぶようになっていったようである。【白石 ひろ子】。…
…すきかえし用の反古紙を商った中世商人の座。すきかえし紙である宿紙(しゆくし)は,綸旨・補任状などの用紙として朝廷で用いられ,律令制以来図書寮(ずしよりよう)の管掌するところであった。この宿紙を扱う座を宿紙上下座といい,上座は図書寮に所属する紙工が座をなしたもので,栂井氏の支配下にあった。…
…綸旨が公文書として使用されるに従い,奉者も蔵人だけではなく,弁官やその他の政務執行の奉行がこれを奉ずるようになる。なお,綸旨は宿紙(薄墨紙)に書かれるとする説もあったが,これは誤りで,院宣にしろ綸旨にしろ,奉者が蔵人頭ないし蔵人のときにのみ宿紙を用い,他の奉者の場合は通常の素紙を用いている。【富田 正弘】。…
… 中世になって,古代国家体制が崩れると,和紙界も再編成される。中心的存在であった紙屋院は,大都会にあふれる反故紙(ほごし)を原料とした宿紙を中心に漉くようになる。宿紙は,本来,亡き人の消息を経紙に再生して供養するという宗教的な意味があったが,しだいに繰返しの煮熟等で繊維が傷んで,柔軟な鼻紙や落し紙などの日常用品となり,紙屋紙とは粗末な紙という社会的常識が通用するほどになった。…
※「宿紙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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