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富士の巻狩(り) フジノマキガリ

百科事典マイペディアの解説

富士の巻狩【ふじのまきがり】

源頼朝が建久4年(1193年)5月に富士の裾野で行った大規模な巻狩。頼朝はこの年すでに下野那須野・信濃三原野などで多くの御家人を動員して巻狩を挙行している。この一連の巻狩は,前年の征夷大将軍補任を受けて,みずからが武家政権の首長として相応しいことを改めて誇示したものとみられる。
→関連項目巻狩

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世界大百科事典 第2版の解説

ふじのまきがり【富士の巻狩】

鎌倉初期に源頼朝が富士の裾野(藍沢。現在の静岡県御殿場市付近か)で大規模に行った巻狩曾我兄弟の仇討で有名。平氏を滅ぼし(1185),奥州征伐(1189)も終えた頼朝は,1190年(建久1)初めて上洛して右大将に補任(ぶにん)され,92年には後白河法皇の死にともなって念願の征夷大将軍に補任された。名実ともに武家政権の首長となった頼朝は翌93年下野那須野,信濃三原野に巻狩を挙行,ついで5月には富士野で大規模な夏狩を行った。

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世界大百科事典内の富士の巻狩(り)の言及

【巻狩】より

…組織的で多人数を動員し多額の経費を要するので,古くは一国の大社の祭儀もしくは将軍・諸大名のような権力者が催す狩猟法であった。富士の巻狩は源頼朝が将軍の権力によって,下野那須野,上野三原,富士山麓で催したうちの一つであるが,偶然曾我兄弟の仇討が行われたので有名になった。巻狩の本来の目的は山の神の意志をうかがうための一種の祭儀の意味をもったらしい。…

※「富士の巻狩(り)」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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