改訂新版 世界大百科事典 「寺院法」の意味・わかりやすい解説
寺院法 (じいんほう)
寺院において個別的につくられる成文法,および寺院社会における慣習的規範。幕府法,公家法のように統一的規範の存在を示す法典は存在しない。寺院法は内容から大きく二つに分類できる。ひとつは寺内を対象とする出世間的な法であり,他は寺院領を対象とする世間的な法である。寺院法は寺内法を核とし,鎌倉~南北朝期にかけて寺領支配の領域にまで法の及ぶ範囲を拡大する。寺内法は寺内の秩序維持を目的としており,基本的には仏教教団が本来有する僧伽の法であり,仏教の戒律および古代国家による寺院統制法たる僧尼令の影響をうけ成立した。平安末~鎌倉期には公家新制,幕府法の影響を受けている。具体的には,寺院内の身分規定,仏事修法の興行,堂舎の修理造営規定,寺僧の不法禁止,寺院集会の運営規定などを内容とする。戒律にもとづく諸規定は,当然各時代に共通して見られるが,時代ごとに特徴のある規定も見られる。たとえば僧侶の服装,所従の数,乗物の種類の規定は平安後期から鎌倉中期に出された公家新制の規定を直接うけている。また,鎌倉後期から南北朝期には,寺院内集会の発達にともない集会の運営規定が数多く作られるのである。
寺内法は当初寺院構成員である僧侶や俗人(具体的には学侶,衆徒,堂衆,中綱,堂童子,仕丁など)を対象とし,領域的には寺院敷地内を対象としたが,中世における寺院勢力の拡大によって寺院周辺に商工業者,芸能民が集住し都市的な寺辺郷が形成されると,寺院法は寺辺に対しても適用される世俗の法としての性格を併有するようになる。さらに寺院法は寺領支配の法として拡大される。寺領荘園が国家体制によって秩序維持されている鎌倉中期ごろまでは,寺領支配の法としての寺院法は預所の規定等にとどまり荘園には及ばない。それが現地支配の法としての規定を有するようになるのは,寺院が自分の力で寺領(とくに膝下荘園)の一円化をはからねばならなくなった鎌倉後期以降である。寺領支配の法には荘園法,民間の慣習をとりこまざるをえないが,それは具体的には荘官が領主たる寺院に対して提出する荘官請文に見ることができる。
主たる寺院法(成文法)の発布形態をみると,置文,規式,制法,式目,掟,契状,記録,衆議事書,寺辺新制など,種々の様式の文書の形態をとっている。それらは多く起請の詞を入れ,仏神に誓約する形をとる。平安~鎌倉期にあっては,別当や院主などの地位にある開祖,中興の祖によって上から制定された置文,規式の類が多いが,中世寺院機構の中心が別当などから学侶や衆徒の寺僧集団に移行する鎌倉後期以降は,寺僧の合議と合意による記録,衆議事書の類が多くなる。これらは先例として保存されるが,法典として整理されることはなかった。寺院法は中世における公的な法のひとつではあるが,国家的な法にまでは成りえなかった。
→寺社領
執筆者:稲葉 伸道
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報