自己または配偶者の直系尊属(親や祖父母など)を殺す罪。尊属殺ともいう。1995年(平成7)の刑法一部改正によって削除されたが、それまでは刑法200条によって、死刑または無期懲役に処せられた。他人の生命をその意思に反して奪う行為は殺人罪(刑法199条)にあたるが、被害者が直系尊属である場合に殺人罪の刑を加重する加重犯であった。
現行憲法は、その第14条において法の下の平等を定めているが、第二次世界大戦後、この尊属殺人の規定がこの平等原則に違反するかどうか、が学説や判例で争われてきた。このうち、憲法学や刑法学の領域では、尊属殺人の規定が封建的な道徳観にたつものであり、平等原則に違反するという考え方が支配的であった。これに対し、最高裁判所は、1950年(昭和25)の大法廷判決において、この規定は「人類普遍の道徳原理、すなわち自然法」に基づくから、憲法第14条に違反しない、との判断を下した。ところが、1973年の最高裁大法廷は、従来の判例を変更し、尊属殺人に対する法定刑がとくに重い「死刑または無期懲役」であり、これを減軽しても下限が3年6か月の懲役刑で、執行猶予となりえないのではあまりにも刑が重すぎるという理由から、憲法第14条が禁止する不合理な差別的取扱いにあたるとして、違憲判決を下した。そこで、法の実務では尊属殺人の規定は適用されていなかったが、1995年改正により削除された。
[名和鐵郎]
尊属殺ともいう。1995年の刑法改正法が廃止した刑法旧200条の規定していた殺人罪の特別類型。犯人自身またはその生存配偶者の直系尊属を殺した場合を,死刑または無期懲役という特段に重い刑で処罰していた。法律上の減軽に加えて裁判上の減軽をしても,処断刑の下限は3年6ヵ月で(68条。量刑),どんな場合でも執行猶予を付しえなかった(25条)。予備・未遂も罰した(旧201条,旧203条)。配偶者・直系尊属の範囲は民法により定まる。ローマ法以来の立法例にも同様な重罰規定は存したが,すでに少数であった。法の下の平等という近代憲法原則に照らせば,尊属の生命をそれ以外の人の生命より価値の高いものとする規定の違憲性は明らかであった。1973年4月4日の最高裁大法廷判決も同条を違憲としていた。ただし,多数意見は,規定の存在自体でなく,いかなる場合にも執行猶予を付しえない点を不合理な差別的取扱いとするものであった。
執筆者:伊東 研祐
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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