尾上梅幸(読み)オノエバイコウ

百科事典マイペディアの解説

尾上梅幸【おのえばいこう】

歌舞伎俳優。現在7世だが,5世までは代々の尾上菊五郎俳名であった。屋号音羽(おとわ)屋。6世〔1870-1934〕は5世菊五郎の養子。近世の名女方で,1911年から約20年間帝国劇場の座頭(ざがしら)として活躍。世話物を得意とし,また《四谷怪談》《土蜘(つちぐも)》など妖怪変化(ようかいへんげ)の役にもすぐれていた。7世〔1915-1995〕は6世菊五郎の養子。1947年襲名。女方・若衆(わかしゅう)役にすぐれ,父の没後は尾上菊五郎劇団を統率。1968年人間国宝に指定。
→関連項目帝国劇場

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世界大百科事典 第2版の解説

おのえばいこう【尾上梅幸】

歌舞伎俳優。尾上菊五郎代々の俳名で,3世,4世は一時名のって舞台に出たが,初世,2世,5世は芸名にはしなかった。(1)6世(1870‐1934∥明治3‐昭和9) 本名寺島栄之助。名古屋に生まれた。父は3世菊五郎の孫の朝次郎だったが,12歳で5世菊五郎の養子となり,一座若女方として養父にしこまれ,女方として大成,世話物,家の芸の怪談狂言,新古演劇十種などに当り役が多い。父の相手役でも好演したが,のちに15世市村羽左衛門との共演がファンを狂喜させた。

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大辞林 第三版の解説

おのえばいこう【尾上梅幸】

(六世)(1870~1934) 歌舞伎俳優。屋号音羽おとわ屋。明治から大正にかけて活躍した。五世菊五郎の養子。前名、栄三郎。養父の女方の芸風を継ぎ、また新作や新舞踊にも天分を発揮した。
(七世)(1915~1995) 歌舞伎俳優。東京生まれ。六世菊五郎の養子。前名は三世菊之助。1949年(昭和24)菊五郎劇団結成に参画、六世中村歌右衛門とともに戦後を代表する立女形。二枚目役もよくした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

尾上梅幸
おのえばいこう

歌舞伎(かぶき)俳優。梅幸の名は代々の尾上菊五郎の俳名で、芸名に用いたのは3世菊五郎が最初。4世菊五郎も前名として名のった。現在7世まである。屋号音羽屋(おとわや)[古井戸秀夫]

6世

(1870―1934)本名寺島栄之助。5世菊五郎の養子。6世菊五郎の義兄。養父の薫陶(くんとう)を受けつつ相手役を勤め、養父の没した直後の1903年(明治36)に襲名。11年新築開場した帝国劇場の技芸委員長(座頭(ざがしら))となった。長身痩躯(そうく)を生かした『土蜘(つちぐも)』『四谷怪談』『累(かさね)』などを得意にしたほか、15世市村羽左衛門(うざえもん)と共演した『源氏店(げんじだな)』『直侍(なおざむらい)』などは名コンビとうたわれ、また2世市川左団次の南北物復活に寄与するところも大きい。女方(おんながた)の芸談として『梅の下風(したかぜ)』(1930)を残す。[古井戸秀夫]

7世

(1915―95)本名寺島誠三。6世菊五郎の養子。1947年(昭和22)襲名。養父の没後菊五郎劇団を結成、立女方(たておやま)の地位を占める一方で、養父譲りの『勧進帳』の義経(よしつね)や『忠臣蔵』の塩冶判官(えんやはんがん)などの立役(たちやく)にも力量を発揮する。68年に重要無形文化財保持者、76年に芸術院会員、94年(平成6)に文化功労者となる。[古井戸秀夫]

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