コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

山本春正(5代) やまもと しゅんしょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山本春正(5代) やまもと-しゅんしょう

1734-1803 江戸時代中期-後期の蒔絵(まきえ)師。
享保(きょうほう)19年生まれ。4代山本春正の子。京都の人。柏木の姓を春正にもどす。天明8年の大火で類焼し,翌寛政元年に名古屋に移住した。享和3年5月25日死去。70歳。名は正令(まさよし)。通称は次郎兵衛

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

山本春正(5代)

没年:享和3.5(1803)
生年:享保19.12.29(1735.1.22)
江戸中期の蒔絵師。幼名勝之丞。名は正令。春正家に遺された『山本春正家系譜』によれば,長じて次郎兵衛と改め,姓を「春正」としたという。春正家は,2代景正のときに,姓を「山本」から「春正」そのものに改め,3代政幸も「春正」姓を名乗った。4代春継が晩年「柏木」姓に改めたものを,5代が再び「春正」に復したことになる。初代春正は,蒔絵師としての本業のかたわら,和歌の師木下長嘯子の私家集『挙白集』や,和歌をいろは順に分類して検索できるようにした『古今類句』の刊行にかかわったことで知られる。また自ら挿絵を描いて『源氏物語』54帖を刊行するなど,その業績が明らかであるが,後代においてはその実態はよくわかっていない。同系譜によれば,「京二条通東洞院東入」に住んでいた5代春正は,天明8(1788)年1月晦日に起こった大火に類焼し,翌寛政1(1789)年1月に名古屋に移った。同系譜の正令の3男春章のところに「後有松村母方伯父服部氏へ養子トナル」とあり,5代春正正令の妻は有松絞りで知られる有松村(名古屋市緑区有松町)の「服部氏」の出であることがわかる。服部氏は有松村の絞り商「服部孫兵衛家」で,春章は服部家の4代目を継いでいる。春正正令は,この服部家を頼って名古屋にやってきたものと思われる。極楽寺(名古屋市中区)に葬られた。<参考文献>『山本春正家系譜』(一部翻刻,『名古屋市博物館紀要』11巻)

(小川幹生)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

山本春正(5代)の関連キーワード山本春正(2代)山本春正(3代)山本春正(4代)山本春正(6代)山本春正(9代)山本春正(7代)山本春正(8代)春正次郎兵衛12月29日1月25日清水宗川伊藤仁斎春正蒔絵研出蒔絵松永貞徳水間沾徳原安適貞徳沾徳