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岩橋英遠 いわはし えいえん

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美術人名辞典の解説

岩橋英遠

日本画家。北海道生。本名は英遠(ひでとお)。山内多門安田靫彦に師事。大自然を主題に雄大な作風を展開する。法隆寺金堂壁画模写に参加した。日本芸術院会員日本美術院常務理事・評議員。東京芸大名誉教授芸術選奨文部大臣賞・日本芸術院賞受賞。文化功労者文化勲章受章。平成11年(1999)歿、96才。

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百科事典マイペディアの解説

岩橋英遠【いわばしえいえん】

日本画家。北海道生れ。本名英遠(ひでとお)。初め油絵を描いたが日本画に転じ,1924年山内多門に,1945年から安田靫彦に師事。吉岡堅二福田豊四郎らの日本画研究会に入り,のち日本美術院に所属。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

岩橋英遠 いわはし-えいえん

1903-1999 昭和-平成時代の日本画家。
明治36年1月12日生まれ。昭和9年院展初入選。13年歴程美術協会を結成する。20年安田靫彦(ゆきひこ)に入門。34年院展で「蝕(しょく)」が文部大臣賞。47年「鳴門」で芸術院賞をうけた。43年東京芸大教授。56年芸術院会員。平成6年文化勲章。平成11年7月12日死去。96歳。北海道出身。本名は英遠(ひでとお)。作品に「庭石」「彩雲」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

岩橋英遠
いわはしえいえん

[生]1903.1.12. 北海道
[没]1999.7.12. 神奈川相模原
日本画家。本名は英遠 (ひでとお) 。 1917年北辰尋常高等小学校卒業。その後上京して山内多門の門下で学ぶ。 38年歴程美術協会の結成に参画し,福田豊四郎,丸木位里などとともに新しい日本画の創造を目指した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

岩橋英遠
いわはしえいえん
(1903―1999)

日本画家。北海道出身。本名英遠(ひでとお)。1924年(大正13)山内多門に師事。34年(昭和9)院展に初入選、37年に日本美術院院友に推挙された。45年(昭和20)に改めて安田靫彦(ゆきひこ)の門に入り、50年、51年と続けて日本美術院賞を受賞、53年同人に推された。自然の壮大な景観や現象を幻想的に表出する画風は独特のもので、59年の院展で文部大臣賞を受けた『蝕(しょく)』をはじめ『神々とファラオ』『暎(えい)』『彩雲』『虹輪』などがよく知られている。58年から70年まで東京芸術大学で教鞭(きょうべん)をとり、72年日本芸術院賞を受賞した。東京芸術大学名誉教授。94年(平成6)文化勲章受章。[原田 実]
『桑原住雄著『現代日本画全集9 岩橋英遠』(1982・集英社) ▽河北倫明監『岩橋英遠画集』(1993・求龍堂)』

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