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島井宗室 しまいそうしつ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

島井宗室
しまいそうしつ

[生]天文8(1539).博多
[没]元和1(1615).8.24. 博多
安土桃山~江戸時代初期の博多の豪商。茂久の子。名は茂勝,初め宗叱のち宗室。通称は徳太夫,別に虚白軒,瑞雲庵。島井家は代々酒屋を営み,宗室は対明・対朝鮮貿易でさらに財をたくわえる一方,九州諸大名に金銀を貸付け巨額の富を築いた。

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デジタル大辞泉の解説

しまい‐そうしつ〔しまゐ‐〕【島井宗室】

[1539~1615]安土桃山時代の豪商・茶人。筑前の人。名は茂勝。号、虚白軒。酒屋・金融業を営み、富を築いた。茶を千利休に学び、豊臣秀吉に仕えて博多復興に尽力。

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百科事典マイペディアの解説

島井宗室【しまいそうしつ】

安土桃山〜江戸初期の博多の富商。対明・朝鮮貿易に活躍し,九州の諸大名に金銀を貸し付け巨富を得た。神屋宗湛(そうたん)とともに博多商人の代表であり,文禄・慶長の役では兵糧米・硝石の斡旋(あっせん)をし,また戦乱のために荒れ果てた博多の復興に尽力。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島井宗室 しまい-そうしつ

1539-1615 織豊-江戸時代前期の商人,茶人。
天文(てんぶん)8年生まれ。筑前(ちくぜん)(福岡県)博多の豪商。大友宗麟(そうりん)とむすび,金融,貿易で巨富をきずく。茶の湯にしたしみ,千利休らとまじわる。豊臣秀吉の命で神谷宗湛(そうたん)とともに戦火で荒廃した博多の復興にあたった。遺訓17ヵ条は町人訓として知られる。元和(げんな)元年8月24日死去。77歳。名は茂勝。通称は徳太夫。別号に瑞雲庵,虚白軒。

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世界大百科事典 第2版の解説

しまいそうしつ【島井宗室】

1539‐1615(天文8‐元和1)
近世初期の博多の豪商。通称徳太夫,名を茂勝,剃髪して端翁宗室と称し,虚白軒,瑞雲庵とも号した。島井家は古くから博多で酒屋と質屋を兼営し,資本の増殖をはかっていた。また豊後の大友宗麟や肥後の筑紫広門に金融上の貸付けをし,肥前の豪族草野鎮永の代官を務めるなど,多彩な活動を行い,天正年間(1573‐92)には九州全域の諸大名に接触をもつ実力者であった。1573‐80年には対馬の宗氏を介して朝鮮貿易に活躍し,その商品を上方市場にもたらして巨利を得た。

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大辞林 第三版の解説

しまいそうしつ【島井宗室】

1539~1615) 安土桃山・江戸初期の豪商。茶人。博多の人。号は瑞雲庵・軒瑞翁など。名は茂勝。対明・対鮮貿易に従事。千利休と親交を結び、豊臣秀吉・黒田長政らの信が厚かった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

島井宗室
しまいそうしつ
(?―1615)

安土(あづち)桃山時代の博多(はかた)の豪商、茶人。島井茂久の子。名は茂勝、通称徳太夫(とくだゆう)。剃髪(ていはつ)して瑞翁(ずいおう)宗室と称し、虚白軒(きょはくけん)、瑞雲庵(ずいうんあん)とも号した。島井家は古くより酒屋と土倉を営み、それによって蓄積した富力を背景に宗室は大友宗麟(そうりん)ら北九州の大名に貸付けを行っていた。また、宗麟を通じて天王寺屋道叱(どうしつ)、津田宗及(そうきゅう)、千利休(せんのりきゅう)ら堺(さかい)の商人・茶人とも親交をもった。さらに時の権力者織田信長や豊臣(とよとみ)秀吉への接近を図った。1587年(天正15)島津征伐の帰途、筥崎(はこざき)(福岡市)に立ち寄った秀吉の命により神谷宗湛(かみやそうたん)らとともに博多の復興にあたった。92年(文禄1)秀吉の朝鮮出兵の際には、小西行長(ゆきなが)の使者として交渉偵察にあたり、その出兵の愚を説いたが、いれられず、出兵中は宗湛らと兵糧米(ひょうろうまい)の調達にあたった。1601年(慶長6)黒田長政(ながまさ)の福岡城築城には多額の資金を献じている。10年、質素倹約と積極経営を旨とする17条の遺訓を養嗣子(ようしし)信吉に与え、家督を譲った。この遺訓は近世初頭の豪商の意識をうかがう貴重な史料である。[小林保夫]
『田中健夫著『島井宗室』(1961・吉川弘文館) ▽中田易直著「近世初頭の貿易商人たち」(『日本人物史大系3 近世1』所収・1959・朝倉書店)』

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世界大百科事典内の島井宗室の言及

【家訓】より

…すなわち相当規模の家産を蓄積した大商家にあっては,営業の基礎をきずいた創業者としての初代,もしくは経営の拡大・発展に貢献して〈中興の祖〉と呼ばれる2,3代目の当主などによって執筆されることが多く,過去の体験や労苦の中から得られた経営理念なり生活信条を家訓として成文化し,子孫に伝えることによって家業の永続と繁栄に寄与することを念願したのである。早い時期の代表的な例としては近世初頭の博多の貿易商島井宗室が1610年(慶長15)に養嗣子に与えた17ヵ条から成る遺言状が知られている。その遺戒の内容は,第1条の貞心・律義・家内の和合に始まり,賭けごとの禁,交友・商売の心得から買物・食事などの日常茶飯時におよぶ節倹と勤勉を強調した処世訓で,その消極的な堅実性は江戸時代商家家訓の祖型をなすものといえる。…

【博多商人】より

…戦国期に博多は自治都市化するが,それを担ったのが博多の有力商人であったと考えられる。戦国末から近世初頭にかけて豪商が活躍したが,博多の島井宗室神屋宗湛はその代表的存在であった。宗室は博多,対馬,朝鮮の間で貿易を行い,大友氏と深い関係を持った。…

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