日本歴史地名大系 「川中子村」の解説
川中子村
かわなごむら
宇都宮西台地と
近世初めは烏山藩領。慶長六年(一六〇一)の年貢割付状(稲見喜正文書)に「河中子」とみえ一千三四七石余。元和九年(一六二三)に幕府領となり、寛永一〇年(一六三三)より旗本の四給となる(寛政一二年「村明細帳」同文書)。慶安郷帳では旗本秋田・近藤・小川・朝比奈の四給、元禄一一年には旗本秋田・近藤・朝夷・島田の四給(前掲書上帳)。元禄郷帳によれば、川中子村は島田領、
川中子村
かわなかごむら
川中子村
かわなごむら
川中子村
かわなごむら
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報