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巨石記念物 きょせききねんぶつmegalithic monument

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

巨石記念物
きょせききねんぶつ
megalithic monument

巨大な切りないし石塊を使って造られた古代の遺構新石器時代の終り頃から,青銅器時代鉄器時代にかけて造られ,世界の各地で類例がみられる。形態によって,メンヒル (単独の立石) ,アリニュマン (数十個の石が数列に平行に並ぶ) ,クロムレック (ストーンサークル環状列石 ) ,ドルメン (巨石を数個の石で支えたもの) などの分類があり,かつそれぞれ機能も異なっているようである。日本では縄文時代後期以降,東北地方,北海道に環状列石が造られ,弥生時代に北九州で支石墓が造られている。

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百科事典マイペディアの解説

巨石記念物【きょせききねんぶつ】

巨石で築かれた祭場,あるいは墳墓などの遺構。ヨーロッパでは前4千年紀から前3千年紀を中心に西地中海の島々イベリア半島フランス英国から北欧にかけて分布する。

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世界大百科事典 第2版の解説

きょせききねんぶつ【巨石記念物 megalithic monuments】

自然石または一部加工しただけの石で築いた建造物。メガリスは〈巨大な石〉を意味するギリシア語に由来し,最大の石には20tを超えるものがある。1本の柱状の石を立てたものはメンヒル(立石),柱状石を1ないし数列立て並べたものはアリニュマン(列石),環状に並べたものはストーン・サークル(環状列石,ウェールズ語ではクロムレック),また巨大な平石を数個の石で支えたものはドルメン(支石墓)と呼ばれ,新石器時代後半から青銅器時代初期にかけてのヨーロッパ,特に大西洋岸に色濃く分布する。

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大辞林 第三版の解説

きょせききねんぶつ【巨石記念物】

ドルメンやストーン-サークルなど、大きな石を使った遺構。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

巨石記念物
きょせききねんぶつ

面取りや化粧仕上げなどの加工が比較的少ない大きな石を用いてつくられた建造物で、一般に新石器時代から初期金属器時代に建造されたものをいう。その研究は19世紀後半に西ヨーロッパで始まった。巨石ということばはギリシア語のメガスmegas(巨大な)とリトスlithos(石)に由来し、英語ではmegalithic monumentという。
 中世には、巨石記念物を「巨人の墓」とする考えが主流であった。これは各地にみられる古文書などによって知られ、中世のヨーロッパ人は「巨人の墓」の被葬者の身長を3~5メートルと考えていた。その後、文献による巨石記念物の建造者の究明が試みられ、ローマ人などさまざまな民族が建造者とみなされた。また、ローマ時代の歴史家や旅行家の著述に、イギリスの巨石記念物の記載がないことから、これをローマ時代以降のものとする説も主張された。
 巨石記念物と一口にいってもその内容は多岐にわたる。G・ダニエルはヨーロッパの巨石記念物を次の4種に分けた。[寺島孝一]

立石

第一は単一の立石(りっせき)(メンヒルmenhir)で、フランスのブルターニュ地方に多く分布している。高さは1~6メートルほどのものが多いが、とくに巨大なロックマリアケルのメンヒルは長さ20メートルを超えている。また南フランスからイタリアにかけては、彫刻のある立石がみられる。[寺島孝一]

立石群

第二は立石群で、これはさらに二つに分けられる。一つは環状列石で、グレート・ブリテン島西部には、コーンウォールやカンバーランドで単一の輪を形成するものがある。同じ環状列石でも、エーブベリーやストーンヘンジでは、幾重にも列石を巡らせたり、堤や溝をつくっている。これらを総称してストーン・サークルstone circleとしているが、その多くが正円ではなく、楕円(だえん)形を呈しているところから、近年はストーン・リングstone ringとよばれることが多い。立石群の第二は列石(アリニュマンalignement)で、フランスのブルターニュ地方カルナックの列石が著名である。この列石は大きく3群に分かれるが、東西にほぼ4キロメートルにわたり続くものである。この3群のうち用いられた石材のもっとも多いものはメネック群で、幅100メートル、長さ100メートルの中に、1099本の立石が11列に並べられている。アリニュマンの分布は、フランス、イギリスにとくに多い。[寺島孝一]

巨石墓

第三は巨石墓で、これがヨーロッパの巨石記念物のなかではもっとも多く、中心的な存在である。分布はスカンジナビア半島からイベリア半島まで普遍的にみられ、現在も5万基ほどが残っているとされている。巨石墓のなかで支石墓(ドルメンdolmen)は、3枚以上の支石の上に天井石をのせた比較的単純な構造をもっている。羨道墓(せんどうぼ)(ギャラリー・グレーブgallery grave)で最大のものはアイルランドのニューグレンジにあるもので、長さ19メートルの墓道と、高さ6メートルの十字形をなす玄室からなっている。この天井は持送り式にしているが、この形態はイギリスのオークニー諸島に数多くみられる。[寺島孝一]

巨石神殿

第四は巨石神殿であるが、これは地中海のマルタ島、ゴゾ島周辺に限られている。この遺跡は墓所と考えられたこともあったが、埋葬の痕跡(こんせき)がなく、現在では神殿と考えられている。
 巨石墓の上や周囲に立石が配されたり、立石群が巨石墓に連なるなど、立石や立石群と巨石墓はそれぞれ独立したものではなく、互いに関連したものであるといえる。
 巨石を用いた建造物はヨーロッパに限らず世界中に認められる。ピラミッドなどは巨石記念物からは除外されることが多いが、小形の箱式石棺なども含むこともあり、巨石の範囲をどこまでとするかはさまざまである。またG・E・スミスの太陽崇拝を伴う巨石文化の移動説は、現在受け入れられていないものの、巨石記念物を考えるうえで、学界に大きな波紋を投げかけた。[寺島孝一]
『G・ダニエル著、近藤義郎他訳『メガリス』(1976・学生社)』

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世界大百科事典内の巨石記念物の言及

【ケルト人】より

… ケルト文化は初期ヨーロッパにおいて,指導的な地位を占めた。ストーンヘンジやメンヒル,ドルメンなどの巨石記念物を,ケルト人とりわけドルイド神官の創設に帰する憶測は,現在では否定されたが,それらの祭祀的使用,装飾造形技術には見るべきものがあった。のち7,8世紀に,ケルト世界で制作された彩色装飾写本(たとえば《ケルズの書》)のように,ヨーロッパが誇る文化遺産が生まれた。…

【祭祀遺跡】より

… 農耕祭祀にかかわるものとしては,西アジアの初期新石器時代の集落に,独立した建物(パレスティナのイェリコ遺跡),あるいは建物の一部(トルコのチャタル・ヒュユク遺跡)が祠堂として使われたものがある。北西ヨーロッパの新石器時代から青銅器時代にかけては,巨大な石で構築した各種の遺構の存在が目だっており,巨石記念物と総称されている。その代表例とされるイギリスのストーンヘンジや3000本近い立石を列に並べたフランスのカルナック列石(クロムレクcromlech)は,ともに太陽崇拝との関連が論じられている。…

【先史美術】より


【ヨーロッパの巨石文化】
 地中海の島々から大西洋の沿岸地域,グレート・ブリテン島にかけて,巨大な石で構築された建造物が多く残っている。詳細は〈巨石記念物〉の項目にゆずり,ここでは美術的に重要なもののみをとりあげる。 巨石文化を残した人々は絵画や彫刻をあまりつくらなかったが,特定の地方では,土製または石製の偶像がつくられたり,メンヒルに人物の姿を浮彫したり,巨石や土器に特殊な装飾が施された。…

【ドルメン】より

…巨石記念物の一種。ブルトン語でdolはテーブル,menは石を意味し,大きく扁平な1枚の天井石を数個の塊石で支えた形がテーブルのように見えることからこのように呼ばれた。…

※「巨石記念物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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