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鉄器時代 てっきじだい Iron Age

翻訳|Iron Age

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鉄器時代
てっきじだい
Iron Age

考古学における年代区分の一つで,三時期法による時代区分の最後の段階。利器の素材として鉄が使用された時代をいう。オリエントでは前 2500年頃,鉄鉱石から鉄を製錬することを知っていたが,本格的な鉄器の使用は,前 1500年頃ヒッタイト人によって始められた。

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デジタル大辞泉の解説

てっき‐じだい【鉄器時代】

考古学上の時代区分の一。石器時代青銅器時代に続く時期で、鉄器が使われた時代。オリエントでは前15世紀以降、ヨーロッパでは前11世紀以降で、広義には現代も含まれる。日本では弥生時代末期以降。

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百科事典マイペディアの解説

鉄器時代【てっきじだい】

三時代区分法によって設定された,鉄製の利器,道具を製作・利用した時代。青銅器時代に続く時代として設定されたが,青銅器鉄器が併用された地域や,新石器時代の次に鉄器時代が続く地域もあり,現在では一般的な時代区分とはいいがたい。
→関連項目アナウアルタイ文化彩陶支石墓ハルシュタット文化ラ・テーヌ文化ルリスタン青銅器

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世界大百科事典 第2版の解説

てっきじだい【鉄器時代 Iron Age】

主要な利器や武器が鉄で作られた時代で,C.J.トムセンが提唱した三時代区分法の第3番目,すなわち最後の時代にあたる。武器と利器の材質は,石よりも青銅が,青銅よりも鉄が優れているという技術的発達の観点による時代区分であるから,青銅器時代の文化より鉄器時代の文化が高い水準にあるとは必ずしもいえず,人類社会の発達を示す時代の呼称としては適切でないという強い反対があるが,判断の基準が具体的で客観性をもっているので,現在でもこの三時代区分法は若干の改変をうけてなお使われている。

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大辞林 第三版の解説

てっきじだい【鉄器時代】

石器時代・青銅器時代に続き、鉄器を主要な利器とした時代。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鉄器時代
てっきじだい
Iron Age英語
Eisenzeitドイツ語

遠古の歴史を、利器に用いた材料によって三つの基本的な時代に分けた場合、第一の石器時代、第二の青銅器時代に次いだ第三の時代を称する。これは、いわゆる「三時代法」によって設定された時代の一つであって、青銅の冶金(やきん)術に加えて鉄の冶金術が発明され、普及し、利器のおもな材料が鉄となった時代のことである。ことばの正しい意味では、現代もなお鉄器時代に入るのであって、原子力の利用が進んでおりながらも、利器(ナイフ、錐(きり)、鎌(かま)、のみなど)つまり刃物は鉄を主材料にしているからである。しかし考古学でいうのは限定された意味での鉄器時代であって、同時代的文献は遺存しないか、あるいはあってもきわめて乏しく、しかし鉄の冶金術は知られている時代をさしている。たとえば、日本のいわゆる「古墳時代」は鉄器時代とされるが、奈良時代はもはや同時代的文献が豊富に残っているので、鉄器時代としては扱わないのが慣例となっている。
 この限定された意味での鉄器時代は、旧大陸にだけ存した時代であって、新大陸には、高度の古代文化が存したにもかかわらず、現出しなかった。旧大陸においては、鉄器時代はけっして青銅器時代に先行しなかったが、文化の周辺的な地域では、青銅器時代が現れず、新石器時代の次に鉄器時代が続いた場合も少なくはなかった。たとえば、日本の場合、縄文時代(新石器時代)に直接、弥生(やよい)時代(鉄器時代)が続いた。またアフリカ(エジプトや北アフリカを除く)では、新石器時代が長く停滞し、所によって時差はあるが、紀元後5~7世紀に鉄器時代が開始されている。さらにオーストラリアやニューギニアの一部などでは、新石器時代のまま現代に至った人々もいた。こうした変則的な事象は、青銅の冶金術の伝播(でんぱ)が遅滞したこと、銅や錫(すず)の産地が偏っていたこと、その地の住民が古くからの生活体制に満足し、技術的革新に関心が薄かったこと、あるいは技術的水準が青銅の冶金術を受け入れるに至っていなかったことなどによっている。
 石器時代、青銅器時代、鉄器時代というのは、利器の製作技術に基準を置いたきわめて技術史的な時代区分である。鉄の冶金術の存在は、出土する鉄器や金(かな)くそ、また木製品にみられる削り跡などから容易に察知される。つまり遺物に即して証明される。したがって、遺物・遺跡を取り扱う考古学者にとっては便利な時代区分といえる。けれどもこうした技術史的時代区分は、文化全体を見渡したうえで設定された一般史的時代区分とはかならずしも合致しないし、矛盾することすらある。たとえば、エジプトの古王国時代は(青)銅器時代であるが、だれがみても文化的に弥生時代(鉄器時代)よりはるかに進んでいる。しかし技術史的時代区分によると、弥生時代のほうが古王国時代より進んでいることとなり、技術史的時代区分と一般史的時代区分とは矛盾することとなる。そこで近年では、遠古史の叙述に際して考古学者たちは、「鉄器時代」という用語を使うのを控えるようになった。[角田文衛]

鉄器の発生と普及

鉄は、銅や錫と違い、砂鉄(磁鉄鉱)、隕石(いんせき)(隕鉄)、鉄鉱の形で地表上至る所に存在している。最初に使用されたのはもっぱら隕鉄であって、エジプト第四王朝時代の遺跡やトルコのアラジア遺丘(ともに青銅器時代)からの出土例が証示するとおり、鉄製(隕鉄)のピンや装身具、まれには短剣の類は、紀元前3000年代からつくられていた。しかし隕石や砂鉄は量的に限定される一方、鉄鉱石の精錬は高熱を出す炉を必要としたため、鉄の大量の生産は不可能であった。そのため価格も黄金の数倍というほど鉄は貴金属視されていた。これは、鉄の冶金術が早く知られていながら、鉄器時代が容易に現出しなかった理由である。
 鉄鉱を溶錬してできた塊鉄から少量の錬鉄を得る方法は早くから開発されていたが、錬鉄は軟らかく、青銅より使用価値が劣っていた。こうした初歩的な製鉄術より進んだ方法、すなわち錬鉄を木炭と接触させながら加熱し、槌(つち)打ちによって炭素と化合させ、硬くて強靭(きょうじん)な鋼(こう)をつくる鍛鉄の技術は、紀元前14世紀ごろアルメニアないし小アジア西部で開発され、そこからヒッタイト人に伝えられたが、やがて前13世紀になると、おりからの民族移動に乗じて新しい製鉄法は各方面に伝播・普及したようである。鋼鉄は、武器・農具の材料として青銅より優れており、量産ができるようになったため、価格も低廉であった。そのため製鉄の技術は熱心に習得され、至る所で鉄器時代が開幕し、鉄器を鍛造する鍛鉄法から進んで鋳鉄法も開発され、農具などの製作を助長した。
 いま各地の様相を探ってみると、メソポタミアでは前13世紀、エジプトでは前12世紀、またギリシア本土では前11世紀の混乱期に鉄器時代は開始された。各地の鉄器文化のうちでも顕著なのは、前9世紀に始まるイタリア中部のビッラノーバ文化、ヨーロッパ中部のハルシュタット文化(前800ころ~前450ころ)、ラ・テーヌ文化(前500ころ~前1世紀末)、北ドイツのヤストルフ文化(前400ころ~前1世紀末)、北欧の北方鉄器文化(前400ころ~前1世紀末)、ロシア東部のアナニノ文化(前600ころ~前200ころ)などである。イタリア中部のエトルリア文化は、ビッラノーバ文化を基盤とし、ギリシアの古典文化の栄光のもとに繁栄した文化であるが、それはローマ文化の形成に大きな役割を演じた。
 前800年ごろ黒海沿岸の草原地帯に伝えられた鉄の冶金術は、鐙(あぶみ)の発明を促し、精鋭な武器の製作を可能ならしめ、その地帯の住民の騎馬遊牧民化を助成した。こうして成立したスキタイやキンメル人といった遊牧騎馬民族は、ユーラシアの歴史に一大波紋を投じた。またインド、イラン方面では、侵入したインド・ヨーロッパ系の民族によって前800年ごろに鉄の冶金術が伝えられた。
 中国では早く殷(いん)代(前17/前16~前11世紀)において隕鉄を用いた鉄製品が用いられはしたが、普及しなかった。鍛鉄、鋳鉄の技術が開発されたのは春秋戦国時代になってからであったが、鉄器文化が確立されたのは前漢代においてであった。朝鮮半島北部では前2世紀ごろに鉄器文化が形成されたし、日本では弥生時代前期において鉄器文化は始まった。もっとも弥生時代を通じて鉄の冶金術は定着するには至らなかった。
 すでに述べたように、鉄器時代は、技術史的時代区分によるものであるから、各地の鉄器文化の様相は、歴史的に同一段階にあるとは限らなかった。まだ部族社会の段階にとどまっている鉄器文化もあったし、新王国時代のエジプトのように、諸民族の王国を統合して帝国を形成したような例もあった。鉄器時代が鉄の冶金術の有無だけで設定されている以上、鉄器諸文化にみられる相違は、当然のことであった。
 それとともに注意しなければならないのは、数多く設定されている鉄器時代の諸文化と、それらを担った諸民族との関係の問題である。たとえば、北方鉄器文化やヤストルフ文化がゲルマン人、アナニノ文化がフィン・ウゴル人、ラ・テーヌ文化がケルト人を担い手とみなす見解は、ほとんど異議のないところである。しかしある鉄器文化とある民族との同定問題はなかなか解決が困難であって、熾烈(しれつ)な論争を引き起こしている場合も少なくない。[角田文衛]

鉄器の影響

鉄の冶金術の採用は、どの民族にも大きな刺激を与えた。鉄製品の出現は、装身具、祭器、宝器に対する青銅の豊富な使用を可能とした。また鉄製の武器、利器、工具などは、青銅のそれらより優れていたし、豊富であった。そのため庶民出身の兵士たちも鉄製の攻撃武器で武装するようになり、それは庶民の政治的発言権を増大させた。鉄製の工具は、森林の大規模な伐採を容易にし、鉄製の農具は、一定時間内により広く、かつより深く耕すことや、沼沢地を早く灌漑(かんがい)することを可能とし、こうして生産量は著しく増大した。鉄製の鐙の発明は前記のとおり、遊牧民族化を助成し、彼らの行動半径を大きくした。さらに諸地方における製鉄や鉄製品の生産の中心地の形成は、物資、ひいては文化の交流を活発にした。この意味において鉄の冶金術の発明と採用は、青銅の場合と比べてその歴史的意義は、はるかに大きかった。
 しかしその意義がいかに重大ではあっても、鉄器時代というのは技術史の一時代であって、これを一般史の時代として採用することは、適切とはいえないのである。[角田文衛]
『江上波夫監訳『図説・世界の考古学3 先史時代のヨーロッパ』(1984・福武書店) ▽G・クラーク、S・ピゴット著、田辺義一・梅原達治訳『先史時代の社会』(1970・法政大学出版局)』

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世界大百科事典内の鉄器時代の言及

【鉄】より

…この手紙は,当時のヒッタイトに他国がうらやむ高度の製鉄技術,おそらく浸炭法による製鋼技術の開発と厳重な鉄の国家統制,技術の国外流出に対する強い警戒心の存在を証しているとされてきた。この解釈はまた,前12世紀の鉄器時代の到来を,独占されていた技術がヒッタイト帝国の滅亡によって拡散した結果としてうまく説明しているので,広く受け入れられてきた。残念ながら,ヒッタイトの鉄生産と技術の実態についてはまだ十分に明らかにされておらず,今後の研究にまたなければならない。…

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