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帰天斎正一 きてんさい しょういち

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

帰天斎正一 きてんさい-しょういち

1843-? 明治時代の奇術師。
天保(てんぽう)14年9月生まれ。はじめは3代林家正蔵門下の落語家林家正楽。明治初年パリにわたり,西洋手品を習得したという。明治9年ごろから寄席に出演し,洋術首切りや口から火をはく技などを披露。30年代に弟子に2代目をゆずり,以後の消息は不明。本名は波済粂太郎(なみずみ-くめたろう)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

帰天斎正一

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:天保14.9(1843)
明治期の奇術師。本名波済粂太郎。初め3代目林家正蔵門の噺家で林家正楽。のち奇術師として独立,帰天斎正一を名乗った。本人の口上では明治初年パリへ渡り西洋奇術を習得して明治7(1874)年に帰国したという。9年ごろから寄席へ出て,当時としては珍しいハンカチ焼き捨て,洋術首切りなどの西洋奇術で人気をとり,22年には宮中御学問所において天覧の栄を賜った。晩年が不明だが,明治30年代には大阪の2代目に名前を譲って引退したものと思われ,大正6,7(1917,18)年ごろは長野善光寺のほとりで易占をしていたともいう。<参考文献>山本慶一「西洋手品の開祖・帰天斎正一」(『奇術研究』51号)

(山本進)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

きてんさいしょういち【帰天斎正一】

西洋手品の開祖。生没年不詳。明治初年,日本手品でヨーロッパを巡演したとき,西洋手品を習得して帰国した。そして1878年以降は,〈手品の親玉〉とたたえられる。とりわけ口から火炎を吐く技術は抜群で,民衆に西洋手品の〈科学性〉を認識させた。89年には宮中の御学問所で天覧を仰いだが,松旭斎天一(しようきよくさいてんいち)(1853‐1912。松旭斎天勝(てんかつ)の師匠)の大型化をねらった奇術に太刀打ちできず,いつのまにか姿を消した。

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大辞林 第三版の解説

きてんさいしょういち【帰天斎正一】

奇術師。本名波済菊太郎。明治初年に欧州に渡り、西洋奇術を日本に紹介。生没年未詳。

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