常栄寺(読み)じょうえいじ

精選版 日本国語大辞典 「常栄寺」の意味・読み・例文・類語

じょうえい‐じ ジャウエイ‥【常栄寺】

[一] 神奈川県鎌倉市大町にある日蓮宗の寺。山号は恵雲山。慶長一一年(一六〇六創建開山は日詔。日蓮が龍ノ口刑場へ引かれて行く途中、当寺の桟敷尼(さじきに)がぼたもちを供養したとの伝説があり、俗にぼたもち寺の名でも呼ばれる。
[二] 山口市宮野下にある臨済宗東福寺派の寺。山号は香山。永祿六年(一五六三毛利元就が嫡子隆元の菩提寺として安芸国吉田(広島県安芸高田市)に創建。開山は竺雲恵心。現在地は大内政弘の別邸のあった所。室町期の画僧雪舟が居住した寺と伝えられ、雪舟の作という庭園は国史跡・名勝に指定されている。雪舟寺。

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日本歴史地名大系 「常栄寺」の解説

常栄寺
じようえいじ

[現在地名]山口市大字宮野下 平野

すずみ山の南麓にあり、臨済宗東福寺派。香山と号し、本尊千手観音。

永禄六年(一五六三)に没した毛利隆元の菩提を弔うため、山口国清こくしよう寺の竺雲恵心を開山とし、安芸吉田よしだ(現広島県高田郡吉田町)に創建された。翌七年、正親町天皇の勅により十刹に列し、勅願道場として常栄広利禅寺の勅額が下された。毛利氏が広島に居城の頃は、一千四八〇石の寺領があった(毛利氏八箇国時代分限帳)

毛利氏の防長移封に伴い寺も山口に移転、上宇野令かみうのりよう国清寺を常栄寺とした。よって国清寺の遺物の多くは当寺に伝来する。香山の山号も国清寺の山号によるものである。宝永七年(一七一〇)火災のため仏殿・衆寮を失ったが、その後再建

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「常栄寺」の意味・わかりやすい解説

常栄寺
じょうえいじ

山口市宮野下にある臨済(りんざい)宗東福寺派の寺。香山と号する。常栄廣利禅寺ともいい、俗に「雪舟寺(せっしゅうじ)」といわれる。本尊は千手観音菩薩(せんじゅかんのんぼさつ)。1563年(永禄6)に没した毛利隆元(たかもと)の菩提(ぼだい)を弔うため、安芸国(あきのくに)吉田(広島県安芸高田(たかた)市吉田町)に竺雲恵心(じくうんえしん)を開山として建立したのに始まる。現在地にはもと大内政弘(まさひろ)が母の菩提を弔うため建立した妙喜寺(のち妙寿寺、興国寺改名)があった。安芸の常栄寺は正親町(おおぎまち)天皇の勅願寺となっていたが、毛利氏が防長2州に移封となるとともに、当寺も山口に移転、上宇野令(かみうのりょう)(山口市)にあった香山国清寺とあわせ、香山常栄寺と号した。1863年(文久3)寺号を潮音寺(ちょうおんじ)とし、寺地を上宇野令から現在地(興国寺内)に移転。1888年(明治21)に常栄寺の寺号に復した。本堂の北にある庭園は国指定史跡・名勝で、大内政弘が別荘を建て、雪舟に作庭させたものと伝える。三方を丘に囲まれた回遊式の林泉が広がっており、心字池や仮山など、室町時代の代表的な禅宗流庭園様式として知られる。

[菅沼 晃]


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