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国清寺 コクショウジ

デジタル大辞泉の解説

こくしょう‐じ〔コクシヤウ‐〕【国清寺】

静岡県伊豆の国市にある臨済宗円覚寺派の寺。山号は天長山。初め奈古屋寺と称し律宗。14世紀中ごろ、上杉憲顕無礙妙謙開山として臨済宗に改める。

こくせい‐じ【国清寺】

中国浙江(せっこう)省の天台山にある寺。天台宗総本山。隋の天台大師智顗(ちぎ)の遺言で建てた天台山寺を改名。日本の最澄が学び、また寒山拾得(じっとく)が住したことで知られる。

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世界大百科事典 第2版の解説

こくせいじ【国清寺 Guó qīng sì】

中国,浙江省の天台山仏隴峰麓にある寺。智顗(ちぎ)が入山して天台宗を興し,彼に帰依した隋の晋王広(のちの煬帝(ようだい))により,598年(開皇18)に創建された。智顗没後,弟子灌頂らの努力や煬帝の国家的保護で天台宗の根本道場となる。最澄,円珍円載成尋ら日本天台宗の諸僧だけでなく,栄西,重源らの入宋僧も詣でている。会昌の廃仏で焼失したが,851年(大中5)に重建され,宋代1005年(景徳2)に景徳国清寺と改称された。

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世界大百科事典内の国清寺の言及

【智顗】より

…南岳に隠棲せんとする慧思のすすめで,智顗は陳の国都の金陵(南京)に出て8年間とどまり,おもに瓦官寺で《法華経》《大智度論》《次第禅門》などの講説に専念し,江南の学問的仏教に禅観思想の新風を吹き込み,陳の宣帝をはじめ朝野の帰依者を集めた。 たまたま北周の武帝による廃仏が断行されたとの報に接し,浙江の天台山(国清寺)に隠棲して天台教義を体系づけること10年,584年(至徳2)に陳の永陽王に懇請されて下山し,陳の後主に迎えられて再び金陵に入った。皇帝以下に菩薩戒を授け,太極殿で護国のために《大智度論》と《仁王般若経》を講じ,また光宅寺で《法華文句》を開講した。…

※「国清寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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