日本大百科全書(ニッポニカ) 「建武式目条々」の意味・わかりやすい解説
建武式目条々
けんむしきもくじょうじょう
鎌倉元のごとく柳営(りゅうえい)たるべきか、他所たるべきや否やの事
右、漢家本朝、上古の儀遷移(せんい)これ多く、羅縷(らる)に遑(いとま)あらず。季世(きせい)に迄(いた)り、煩擾あるによつて、移徙(いし)容易ならざるか。なかんづく鎌倉郡は、文治に右幕下はじめて武館を構へ、承久に義時朝臣天下を併呑(へいどん)す。武家に於ては、もつとも吉土と謂ふべきか。ここに禄多く権重く、驕を極め欲をほしいままにし、悪を積みて改めず。果たして滅亡せしめ了んぬ。たとひ他所たりといへども、近代覆車の轍を改めずば、傾危(けいき)なんの疑ひあるべけんや。それ周・秦ともに崤函(こうかん)に宅するなり。秦は二世にして滅び、周は八百の祚を闡(ひら)く。隋・唐おなじく長安に居するなり。隋は二代にして亡び、唐は三百の業を興す。しからば居処の興廃は、政道の善悪によるべし。これ人凶は宅凶にあらざるの謂なり。ただし、諸人もし遷移せんと欲せば、衆人の情(こころ)にしたがふべきか。
政道の事
右、時を量(はか)り制を設く。和漢の間、なんの法を用ひらるべきか。まづ武家全盛の跡を逐ひ、もつとも善政を施さるべきか。しからば宿老(すくろう)・評定衆(ひょうじょうしゅう)・公人(くにん)等済々(せいせい)たり。故実を訪(とぶら)はんに於て、なんの不足あるべきか。古典に曰く、徳はこれ嘉政、政は民を安(やす)んずるにありと云々。早く万人の愁を休むるの儀、速(すみや)かに御沙汰あるべきか。その最要あらあら左に註す。
一 倹約を行はるべき事
近日婆佐羅(ばさら)と号して、専ら過差(かさ)を好み、綾羅錦繍(りょうらきんしゅう)・精好(せいごう)銀剣・風流(ふりゅう)服飾、目を驚かさざるはなし。頗(すこぶ)る物狂(ぶっきょう)と謂ふべきか。富者はいよいよこれを誇り、貧者は及ばざるを恥づ。俗の凋弊これより甚だしきはなし。もつとも厳制あるべきか。
一 群飲佚遊(いつゆう)を制せらるべき事
格条のごとくば、厳制ことに重し。あまつさへ好女の色に耽(ふけ)り、博奕の業に及ぶ。このほかまた、或は茶寄合(ちゃよりあい)と号し、或は連歌会(れんがえ)と称して、莫太の賭に及ぶ。その費(ついえ)勝計し難きものか。
一 狼藉を鎮めらるべき事
昼打入り、夜強盗、処々の屠殺(とさつ)、辻々の引剥(ひっぱぎ)、叫喚さらに断絶なし。もつとも警固の御沙汰あるべきか。
一 私宅の点定(てんじょう)を止めらるべき事
尩弱(おうじゃく)の微力を励まして、構へ造るの私宅、たちまち点定せられ、また壊(こぼ)ち取らるるの間、身を隠すに所なし。即ち浮浪せしめ、つひに活計(かっけい)を失ふ。もつとも不便の次第なり。
一 京中の空地、本主に返さるべき事
当時のごとくば、京中の過半は空地たり。早く本主に返され、造作を許さるべきか。巷説(こうせつ)のごとくば、今度山上の臨幸扈従(こじゅう)の人、上下を論ぜず、虚実をいはず、大略没収せらると云々。律条のごとくば、謀反逆叛の人、協同と駈率(くそつ)と罪名同じからざるか。もつとも尋ね究められ、差異あるべきか。およそ承久没収の地、その数あらんか。今またことごとく召し放たれば、公家被官の仁、いよいよ牢籠(ろうろう)すべきか。
一 無尽銭(むじんせん)・土倉(どそう)を興行せらるべき事
或は莫太の課役を充て召され、或は打入りを制せられざるの間、已に断絶せしむるか。貴賤の急用たちまち闕如(けつじょ)せしめ、貧乏の活計いよいよ治術を失ふ。いそぎ興行の儀あらば、諸人安堵の基たるべきか。
一 諸国の守護人、ことに政務の器用を択(えら)ばるべき事
当時のごとくば、軍忠に募りて、守護職に補せらるるか。恩賞を行はるべくば、庄園を充て給ふべきか。守護職は上古の吏務(りむ)なり。国中の治否ただこの職による。もつとも器用を補せられば、撫民(ぶみん)の儀に叶ふべきか。
一 権貴ならびに女姓・禅律僧の口入を止めらるべき事
一 公人の緩怠を誡めらるべし。ならびに精撰あるべき事
この両条代々の制法たり。さらに新儀にあらず。
一 固く賄貨を止めらるべき事
この条また今に始まらずといへども、ことに厳密の御沙汰あるべし。仮令(けりょう)百文の分際たりといへども、賄賂をなさば、永くその人を召し仕はるべからず。過分たらば、生涯を失はるべきか。
一 殿中内外に付き諸方の進物を返さるべき事
上の好む所、下必ずこれに随ふ。もつとも精廉(せいれん)の化(か)を行はるべし。
次に唐物已下の珍奇、ことに賞翫の儀あるべからざるものなり。
一 近習の者を選ばるべき事
その君を知らずばその臣を見よ、その人を知らずばその友を見よと云々。しからば君の善悪は、必ず臣下により、即ち顕(あら)はるるものなり。もつともその器用を択ばるべきか。また党類を結び、互に毀誉(きよ)を成す。闘乱の基、何事かこれにしかん。漢家本朝この儀多し。或は衣裳、或は能芸已下、好翫をもつて体となし、おのおの心底ことごとく相叶ふものか。違犯の輩に於ては、近辺に召し仕はるべからず。もつとも遠慮あるべきか。
一 礼節を専らにすべき事
国を理(おさ)むるの要、礼を好むに過ぐるなし。君に君礼あるべし、臣に臣礼あるべし。およそ上下おのおの分際を守り、言行必ず礼儀を専らにすべきか。
一 廉義(れんぎ)の名誉あらば、ことに優賞(ゆうじょう)せらるべき事
これ善人を進め悪人を退くるの道なり。もつとも褒貶(ほうへん)の御沙汰あるべきか。
一 貧弱の輩の訴訟を聞(きこ)し食(め)さるべき事
堯舜の政、これをもつて最となす。尚書のごとくば、凡人の軽んずる所、聖人の重んずる所と云々、ことに御意に懸けらるべきなり。御憐愍(れんびん)はすべからく貧家の輩に在るべし。彼等の愁訴を聞し食し入れらるる事、御沙汰の専一たるか。
一 寺社の訴訟、事によつて用捨あるべき事
或は威猛を振ひ、或は興隆と号し、または奇瑞(きずい)を耀(かがや)かし、または御祈と称す。かくのごときの類、もつとも御沙汰を尽くさるべきなり。
一 御沙汰の式日・時刻を定めらるべき事
諸人の愁、緩怠に過ぐるはなし。また事を早速に寄せ、淵底を究めずば然るべからず。彼といひ此といひ、所詮人愁なきの様、御沙汰あるべきなり。
以前十七箇条、大概かくのごとし。是円李曹(ぜえんりそう)の余胤(よいん)を受くるといへども、すでに草野の庸愚たり。忝(かたじけな)くも政道治否の諮詢(しじゅん)を蒙り、和漢古今の訓謨(くんぼ)をひろふ所なり。方今諸国の干戈(かんか)いまだ止まらず。もつとも跼蹐(きょくせき)あるべきか。古人曰く、安きに居てなほ危ふきを思ふと。今危ふきに居てなんぞ危ふきを思はざるや。恐るべきはこの時なり。慎むべきは近き日なり。遠くは延喜・天暦両聖の徳化を訪ひ、近くは義時・泰時父子の行状をもつて、近代の師となす。ことに万人帰仰(きぎょう)の政道を施されば、四海安全の基たるべきか。よつて言上件のごとし。
建武三年十一月七日
真 恵
是 円
人衆(ひとしゅう)
前民部卿 是円
真恵 玄恵法印
太宰少弐 明石民部大夫
太田七郎左衛門尉 布施彦三郎入道
(『中世政治社会思想』(上)による)