相撲興行において,一日の取組が終わると,あらかじめ定められた幕下の力士が出場し,行司から弓を受け,これを手にして土俵上で左右に縦横に振り回し,勇壮に〈しこ〉を踏む儀礼。これは勝力士の喜びを表現する意味がある。平安時代の相撲節会(すまいのせちえ)のとき,相撲取組の終わったあと,勝ったほうの左右いずれかの近衛側から舞人が登場して弓をとって立合舞(たちあいのまい)を演じた。これが弓取式の起源だといわれているが,勝力士にほうびとして弓を与えることは織田信長のときから始まった。江戸時代の勧進相撲になってこのしきたりが復活し,相撲興行の最終日(千秋楽)に,最後の三番(結びの三番という)をとった三役の勝力士に対し,大関にかなう者に弓,関脇にかなう者に弓の弦,小結にかなう者に矢1対を与えるようになった。弓を授与された大関の勝力士で,土俵上で弓を振った者として記録に残っているのは寛政年間(1789-1801)の谷風梶之助が最初で,当時は儀式化せず単に弓取といった。寛政年間の半ばころから,千秋楽に幕内力士が出場せず,二段目幕下以下の取組が行われるようになったため,前日に勝った大関力士に代わって幕下の力士が弓取を行い,これがしだいに儀式化して弓取式の形態が生まれ,五穀豊穣,天下泰平を祈願する意味がつけ加えられた。1909年6月国技館が完成し,千秋楽に幕内力士も出場するようになったが,弓取式は幕下力士が代行する習慣が続き今日に及んでいる。52年1月場所からそれまで千秋楽に行ってきた弓取式を毎日行うようになり,三役の勝力士に弓,弦,矢を与えることは千秋楽にだけ行うことにした。弓取式は,本場所,花相撲,引退相撲をとわず,また地方巡業で興行日数が1日しかない場合でも行われている。
執筆者:池田 雅雄
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