特定の費用ないし損失が将来(次期以降)において発生する可能性が大であり,しかも,その発生見込額を合理的に算定することができる場合に,それに備えた会計処理を当期中に行うことによって計上されることとなる貸借対照表上の貸方項目をいう。引当金を計上する会計処理は,通常,引当経理と称される。引当経理は期間損益計算を適正化するために行われる,と説明するのが旧来の通説であったが,必ずしも定説とはなりえず,今日では根本的に再検討されようとしている。引当経理の実践的効果としては,(1)引当経理が行われた年度の課税所得がそれだけ縮小するので,節税されること,(2)企業が調達しかつ運用している資金が引当金の額だけ留保されるので,将来の特定の費用ないし損失を塡補(てんぽ)するための準備が早めに可能になること,の2点を指摘しておかなければならない。現行の会計諸則は,主として実業界からの強い要望にこたえて,各種の引当金制度を容認するに至っている。
現行の会計諸則が規定する引当金は多様であるが,これを貸借対照表上に記載する場合の方法の違いによって大別すれば,資産の控除項目として計上される引当金(評価性引当金)と,負債項目として計上される引当金(負債性引当金)に分けることができる。
(1)評価性引当金の代表例は貸倒引当金である。それは,金銭債権(受取手形や売掛金などの売掛債権と,貸付金などの融資額との双方が含まれる)について,経験率などによって予想した取立て不能の見込額である。貸倒引当金の計上は商法285条ノ4-2項の規定によって強制されており(法人税法上では〈容認〉されるにとどまる),しかもその金銭が属する科目ごとに貸倒引当金を控除する形式で記載することが原則として強制されている(法務省令としての計算書類規則10条,同20条2項)。
(2)負債性引当金は多種多様であるが,大別すれば,(a)条件付債務とみなしうるもの,(b)企業の自主的判断によって計上されるもの,(c)特別の法令の規定によって計上することが強制されるものに分けられる。(a)の例としては,製品保証引当金,工事補償引当金,返品調整引当金,賞与引当金,退職給与引当金などがある(例示した五つの引当金は,法人税法上の引当金でもある)。これらの引当金はいずれも,顧客ないし得意先,または従業員と企業との間の契約ないし協約に基づいて計上されるもので,必ずしも商法287条ノ2の規定によらなくても計上することができる債務としての引当金である,といえよう。これに対して(b)の例としては,修繕引当金,特別修繕引当金(法人税法上の引当金でもある),債務保証損失引当金,損害補償損失引当金などがある。これらの引当金はいずれも,商法287条ノ2の規定によって計上されることになる。また(c)は,公益性の高い事業(銀行業,保険業,電気事業など)を営んでいる企業を規制するための特別の法令が,その企業に社会的責任を全うさせることを目的として,社会政策的見地から計上することを義務づけている各種の引当金または準備金にほかならない。これらの引当金または準備金は,流動負債,固定負債の各部に記載することが適当ではない場合には,負債の部に第三区分としての〈引当金の部〉を設けて記載し,かつ,その計上を義務づけている法令の条項を付記しなければならない(計算書類規則33条4項,5項)。
引当金は1981年6月に改正された商法287条ノ2の新規定が適用されるようになった今日でもなお,かなり多様である。しかし同規定施行前の約20年間に比べれば,かなり整序されたといえよう。というのは,この期間において同規定を拡大解釈して,いわゆる〈特定引当金〉を多種多様かつ多額に計上する傾向が強かったからである。それは引当金とは名ばかりで,もっぱら利益留保を目的とした項目であるとみなされていた。つまり,引当金の形式を借りた任意積立金であると考えられていた。そのような特定引当金のなかには,企業独自の意思だけで計上されるものもあったが,その多くは租税特別措置法上の価格変動準備をはじめとする各種の準備金であった。これらの準備金はいずれも,もともと企業の投資活動に誘因を与えることなどを目的とした経済政策的見地から,企業優遇税制の一環としてその計上が容認されているものであった。利益処分方式によって任意積立金の一項目として貸借対照表資本の部に記載した場合にも,引当金計上方式によって負債の部に記載した場合にも,いずれの場合も同一の恩恵(課税の繰延べ)を享受することができることからみても明らかなように,それは留保利益としての性格がきわめて濃厚な貸方項目である,といわざるをえない。とはいえ,そのすべての領域を留保利益として決めつけることもできないのが実情である。それゆえにこそ,これらの準備金が特定引当金として計上されていたわけである。
商法287条ノ2の規定の81年における改正は,利益留保目的の引当金を排除するための改正であったと一般に解釈されているので,租税特別措置法上の各種の準備金を中心とした特定引当金は,今日では引当金の範疇(はんちゆう)から排除され,任意積立金の一つとして計上される会計慣行が定着しつつある。
→価格変動準備金
執筆者:杉本 典之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
適正な期間損益計算の観点から行われた、費用の見積り計上に伴って生じた貸方科目。具体的には、以下の要件に該当するものをさす。(1)将来の費用または損失であって、(2)その発生が当期以前の事象に起因し、(3)発生の可能性が高く、かつ(4)その金額を合理的に見積もることができる場合には、そのうち当期の負担に属する部分を損益計算上、当期の費用または損失として計上するとともに、その額を引当金に繰り入れなければならない。
引当金には、資産価額からの控除を意味する評価性引当金と、将来の支出を意味する負債性引当金の2種類がある。評価性引当金としては、売掛金や受取手形などの債権の貸倒見積額を表す貸倒引当金があげられる。
また、負債性引当金としては、企業が所有する設備などについて毎年行われる修繕がなんらかの理由で行われなかった場合に、その修繕に備えて設けられる修繕引当金、数年ごとに定期的に行われる船舶や溶鉱炉などの特別の大修繕に備えて設けられる特別修繕引当金、製品などを販売する際に、販売後の一定期間内であれば無料で修理を行うという保証をした場合などに設けられる製品保証引当金、従業員の退職給付(退職一時金と確定給付型企業年金)の支払いのために必要となる債務について会計基準に従って計上される退職給付引当金などがある。
負債性引当金は、法律上の債務ではないが、債務と同じく、将来資産が減少しまたは役務を提供することを必要とするものであり、会計的負債とよばれ、貸借対照表では負債の部に計上される。その場合、1年以内に使用される見込みのものは流動負債に、1年を超えて使用される見込みのものは固定負債に計上される。
[万代勝信]
(小山明宏 学習院大学教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 (株)シクミカ:運営「会計用語キーワード辞典」会計用語キーワード辞典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 ASCII.jpデジタル用語辞典ASCII.jpデジタル用語辞典について 情報
… 任意準備金は,定款の規定または総会の決議によって積み立てられ,または留保される準備金で,特定積立金と繰越剰余金に分けられる。特定積立金は,特定の使途が定められている準備金で,配当平均積立金,損失塡補準備金,社債償還積立金,株式償還積立金,設備拡張準備金,退職給与積立金などであるが,価格変動準備金,渇水準備金,特別償却引当金など税法上のいわゆる利益性引当金も任意準備金に属する。繰越剰余金は,使途が特定されていない単なる利益留保で,一般に未処分利益または繰越利益と呼ばれているが,いわゆる別途積立金もこれに属する。…
※「引当金」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加