日本歴史地名大系 「弘経寺」の解説
弘経寺
ぐぎようじ
とあり、羽生氏から寺領の再安堵を得ている。天文七年(一五三八)三月、五世鎮誉魯耕の代に後奈良天皇から勅願寺の綸旨を与えられ、「飯沼弘経寺史」に「旱魃なりしかば郷民これを憂として鎮誉上人の法徳を仰ぎ請雨の祈に大衆一同丹誠を抽じければ忽ち降雨三日車軸を流しけるにぞその旨本山知恩院より奏聞を遂げるに(中略)天文永禄天正の頃は行学の僧常に千余僧住山しけるとぞ」と繁栄ぶりを載せている。
弘経寺
ぐぎようじ
寿亀山と号し浄土宗。本尊阿弥陀如来。寺蔵の元禄八年(一六九五)の結城弘経寺開基由来書によると、現
弘経寺
ぐぎようじ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報