形の知覚(読み)かたちのちかく(その他表記)form perception

最新 心理学事典 「形の知覚」の解説

かたちのちかく
形の知覚
form perception

形の知覚とは,環境内の対象の空間的特性としての形状形態を,感覚系および運動系を通して把握・認知することをいう。形の知覚を生じる対象にはさまざまなものがあるが,大きく分けると2次元のもの(平面図形やドットパターン)と3次元のもの(立体構造物)とに分けられる。2次元の平面図形やドットパターンは3次元的な形態として知覚される場合もある。

 通常,われわれの周囲の環境は明るさや表面の肌理が異なる領域に分けることが可能であり,そこに形の知覚が生まれる。しかし,濃い霧に包まれたときのように,視野全体が一様な光で満たされていれば,形あるものが何も見えなくなる。このような状況を全体野Ganzfeldという。全体野では形の知覚だけでなく,遠近知覚も不確定となる。全体野を作り出す方法としては,半透明球体内部をのぞき込む方法や,ピンポン球を二つ割りにしてそれぞれを左右の眼にかぶせる方法などが知られている。

 一様な色に塗られた壁面や白い紙面などの上になんらかの異質な小領域(たとえば色相明度が異なる領域)が存在するときには,小領域が際立ち,それを囲む大領域は小領域の背後にまで広がっているように見える。ルビンRubin,E.J.はこのような小領域を図Figur,figureとよび,大領域を地Grund,groundとよんだ。

 ルビンは図と地Figur und Grund,figure and groundの現象的特性を調べる目的で,有名な「横顔花瓶」(ルビンの壺)の図形を考案した。この図形をしばらく見ていると,中央の花瓶が図に見えるときと,左右の横顔が図に見える時が交互に現われる。これは図と地が反転することを意味するので,このような図形は反転図形reversible figure,もしくは多義図形ambiguous figureとよばれている。反転図形では大きい領域に囲まれた小さい領域の方が図になりやすい。このことから,図と地の分化を引き起こす要因の一つは,二つの領域の面積差であると考えられる。

 明確な図と地の分化が生じるためのもう一つの要因は,2領域間の明度差である。2領域間にたとえば青と緑というような色相の差があったとしても,それらの明度が等しかったり非常に近似している場合には図と地の分化が不明瞭になり,図の外郭の形状もはっきりしなくなる。このような現象をリープマン効果Liebman's effectという。リープマン効果には,効果が生じやすい色相の組み合わせと効果が生じにくい色相の組み合わせが存在する。たとえば,内・外2領域の両者がともに有彩色の場合には青・緑系統の組み合わせのときに効果が生じやすい。一方,内部領域が有彩色で外部領域が無彩色の場合には,内部を青・緑にする方が赤・黄にするよりもリープマン効果が表われやすい。

 図と地の分化は形の知覚の成立に必要であるが,それだけで形の知覚が成立するわけではない。図と地の分化の次の処理段階として,輪郭線contourの成立が必要である。たとえば,脳損傷によって視覚性失認とよばれる症状を発症した患者は,写真や線画の図と地の境界部分を指でなぞることはできるが,どこが図の部分であるか正しく答えることができない。また,金槌と鋏など,複数の物体の線画が重ねて描かれている絵(錯綜図)において,それぞれの物体の輪郭線を正しくなぞることができない。同様に,先天盲開眼者においても図と地の分化は比較的容易だが,形の弁別や錯綜図における輪郭の特定は非常に困難であるという報告がなされている。これらの事例は,形の知覚が成立するためには,図を構成する各要素のまとまりや輪郭線を正しく認識する必要があることを示している。また,視覚性失認の中には,錯綜図において複数の物品の輪郭線を正しく同定できるにもかかわらず,何が描かれているのかがわからないという症例も報告されている。このような症例では要素のまとまりや輪郭線は成立しているが,知識との照合が障害されているために,物品の同定ができなくなっているものと考えられる。

 複数の要素から構成される物体(たとえば小さな黒い点の集まりによって表わされた文字)において,各要素が一つのまとまりを形成する過程を群化groupingとよぶ。ウェルトハイマーWertheimer,M.は,群化は下記の要因によって規定されるとした。①近接の要因:近いもの同士がまとまる。②類同の要因:似たもの同士がまとまる。③閉合の要因:閉じた領域を作るもの同士がまとまる。④良い連続の要因:滑らかに連続したもの同士がつながる。⑤良い形の要因:良い形を作るもの同士がまとまる。⑥共通運命の要因:同じ方向に動くもの同士がまとまる。⑦経験の要因:繰り返しまとまりが経験されたものがより強くまとまる。

 群化の要因のように,主に刺激の物理的性質に依存した知覚情報処理をボトムアップ処理とよび,主に知覚する側の知識や期待に依存した知覚情報処理をトップダウン処理とよぶ。「壁についたしみが人の顔に見える」という事例は,トップダウン処理によるまとまりの形成の一例である。このようなトップダウン処理を行なう際の知識の枠組みをスキーマschemaとよぶ。

 立体構造物の形の知覚には,奥行き知覚がかかわる。2次元の網膜像から3次元物体を復元するための手がかりとして,視覚系は奥行きの手がかりdepth cueを用いている。奥行きの手がかりは,網膜像以外の手がかりと網膜像内の手がかりに分けられる。網膜像以外の手がかりには調節と輻輳が含まれ,網膜像内の手がかりには両眼性手がかりである両眼視差,および単眼性手がかりである運動視差,流れの勾配,肌理の勾配,陰影,遮蔽,大きさ,相対的位置などが含まれる。

 マーMarr,D.は,『ビジョン――視覚の計算理論と脳内表現』(1982)の中で形の知覚が三つの段階に分かれて行なわれていると仮定した。最初の段階では,網膜に映った画像の明るさの分布からエッジを抽出し(初期スケッチprimary sketch),次の段階では初期スケッチの中から肌理の勾配など面の傾き,形状に関する特徴を抽出し,観察者から見た物体表面の傾き,曲率,形状などを計算する。この計算によって得られた観察者中心の面の記述を,2次元半スケッチ2½sketchとよぶ。さらに次の段階では,一般化円筒・一般化円錐とよばれる円筒・円錐を,変形したり階層的に連結させることによって物体の3次元形状を表現する。このような物体中心の3次元形状記述を3Dスケッチとよぶ。

 触による形の知覚form perception by touchでは,手の能動的な運動が重要な役割を演じている。たとえば,閉眼した状態で触覚によってクッキー型の形状を推測する場合,だれかに型を手のひらに押し付けてもらっただけではなかなか形状を把握することができないが,手のひらや指で能動的に型をなぞれば容易に形状を把握することができる。ギブソンGibson,J.J.は,だれかに型を手に押し付けてもらう場合のように,受動的に生じた触覚のことを受動的触覚とよび,自分から能動的に型を触るときのような触覚のことを能動的触覚active touchとよんだ。触知覚における能動的触覚の重要性は,触覚による形の知覚が,単に皮膚の機械受容器のみの働きによるものではなく,手指の筋肉や関節の状態に関する情報と合わせて,総合的に行なわれていることを示唆している。

 手の運動と触知覚の関係についてはレーダーマンLederman,S.J.らが詳しく調べ,被験者の手の動きを探索行為とよび,それを6種類に分類した。①手を横方向に動かす動き:テクスチャーを調べる。②手を押し付ける動き:硬さを調べる。③手を接触させ静止した状態:温度を調べる。④手に載せて持ち上げる動き:重さを調べる。⑤手で包み込む動き:体積や全体としての形を調べる。⑥輪郭の探索:全体としての形や形の細部を調べる。これらの手の運動の種類の中では,手で包み込む運動と輪郭の探索が3次元形状認識において重要な役割を担っていると考えられる。

 晴眼者が手で触れた物体の形態を視覚的にイメージできることからもわかるように,触覚表象と視覚表象の間にはある程度の共通性が見られる。視覚的錯覚としてよく知られるミュラー・リヤー錯視は,触覚でも生じることが報告されている。しかし,触覚では非感性的補間(遮蔽されているものが,背後で連続していると知覚されること)が起こりにくいなど,触覚表象と視覚表象の間にいくつかの相違点も認められる。また,人の表情を手で触った後に無表情の顔を見ると手で触れた表情と反対の表情に知覚しやすいなど,触覚表象と視覚表象の間には相互作用も認められる。 →ゲシュタルト心理学 →ゲシュタルト要因 →錯覚 →皮膚感覚
〔小山 慎一〕

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「形の知覚」の意味・わかりやすい解説

形の知覚
かたちのちかく
form perception

心理学用語。二次元あるいは三次元の事物や対象から,その形状ないしは形態の属性を抽出し,その特徴を把握する過程。視覚による形の知覚には,図と地の関係を把握する過程とその形を構成している線,辺,角,面などの特徴をとらえ,その全体的な構造を認知する過程とが含まれる。原初的な図と地の構造は,先天的な神経機構に依拠して成立するが,形を識別する過程は先天的な仕組みがそなわっているだけでは不十分で,生後の長期にわたる学習によって初めて形成される心的機能であると考えられる。形の識別過程は,成人の視覚についてはきわめて短縮されており,特殊な条件下におかれないかぎり,その全体的な構造は即座に把握される。これに対し,同じく視覚を介しても,開眼手術を受けたばかりの先天性盲人の眼では,簡単な幾何学的図形でさえもその全体を即時的にとらえ,識別することができず,術後の組織的な学習を経て初めてそれが可能になるとする M.V.ゼンデンの実験結果 (1932) があるが,これについてはのちに D.O.ヘッブらによって疑問が提出されている。

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