御蔵島(読み)ミクラジマ

デジタル大辞泉 「御蔵島」の意味・読み・例文・類語

みくら‐じま【御蔵島】

伊豆七島の一。東京都三宅支庁御蔵島村をなす。中央に標高851メートルの御山おやまがあり、海岸は海食崖が発達。ツゲ材を産する。

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精選版 日本国語大辞典 「御蔵島」の意味・読み・例文・類語

みくら‐じま【御蔵島】

東京都、伊豆諸島火山島三宅島南南東約二〇キロメートルにあり、三宅支庁の一村を形成する。中央に御山(八五一メートル)があり、海岸は海食崖が発達。シイ・ツゲの天然林におおわれており、ツゲ材を産出する。

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日本歴史地名大系 「御蔵島」の解説

御蔵島
みくらじま

三宅島の南東約二〇キロ、東京から南方約二二〇キロにある。中部伊豆諸島中の島。直径約五キロの円錐形の火山島で、三倉島・御倉島とも書く(「南方海島志」など)。周囲は海食崖の絶壁で、全島シイの原生林に覆われ、国際保護鳥オオミズナギドリの有数の生息地。最高峰山で標高は八五〇・九メートル。唯一の集落さとは島の北西端にあり、唯一の桟橋も里集落の下にある。江戸時代には島の特産物ツゲを江戸で売却して得た代金で島民の日常生活必需品を購入し、これを分配する制度があり、明治中期まで継続した。昭和三一、二年(一九五六、五七)に調査されたゾウ遺跡で四軒の竪穴住居跡が発掘され、縄文時代早期・前期を中心に良好な遺物も出土した。断崖絶壁の孤島に本土と同様な文化がすでに存在したことが確認され、注目された。この時代以後、平安時代までの遺跡はまだ発見されていないが、中世の墳墓は確認されている。なお現在まで発見されている遺跡が、三宅島を望む島の北側山麓中腹部に集中しているのも特色になっている。里集落の稲根いなね神社は島の開拓神伊太豆和気命を祀り、「延喜式」神名帳にみえる伊豆国賀茂かも郡の「伊大和気命神社」とされる。嘉祥三年(八五〇)六月四日、伊太豆和気命を含む伊豆諸島の神々に従五位下の神階が贈られた。仁寿二年(八五二)一二月一五日、諸神はそれぞれ位階を進めており、伊太豆和気命にも従五位上が贈位されている(文徳実録)。応永三年(一三九六)七月二三日付の斯波義将施行状(上杉家文書)は上杉氏の伊豆国守護職および所領を安堵したもので、そのなかに大島以下伊豆諸島の名がみえるが、御蔵島の名はみえない。三宅島に含まれているものと思われる。戦国時代に入ると上杉氏に代わって小田原北条氏が支配者になり、北条氏康の時代には薩摩船が島に漂着している。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「御蔵島」の意味・わかりやすい解説

御蔵島
みくらじま

東京都伊豆諸島にある島。東京都三宅(みやけ)支庁御蔵島村に属し、安山岩質溶岩と噴出物とからなる火山島で、面積20.58平方キロメートル。中央に伊豆諸島中第二の高峰御山(おやま)(851メートル)がある。周囲は海食崖(がい)が発達し、南西岸は高さ480メートルもの断崖になっており、全島が富士箱根伊豆国立公園域に含まれる。良港はないが港湾施設は整備され、東京竹芝から定期船がある。平清水(ひらしみず)川、大島分(おおしまわけ)川など、伊豆諸島では珍しく河川があって、年中水のかれることがなく、飛瀑(ひばく)も多く水に恵まれている。高温多湿の亜熱帯性気候で、季節風も激しい。全島にクワの老木とシイ、ツゲの天然林があるのが特色。一時、無人島であったが、近世初期には住民がみられ、18世紀初めに三宅島から分離して一村を形成した。江戸時代から、ツゲ材を共有、販売して生活必需品を購入し、無償で配布する扶持米(ふちまい)制度があって住民の生活を維持してきたが、1939年(昭和14)完全に廃止された。ツゲや特殊材を販売したり、ツゲを櫛(くし)に加工したりする山林依存の生活は続いてきたが、第二次世界大戦後は輸入材化学製品に押されて需要が低下、現在はカツオタカベなどの漁業とニオイエビネランの栽培、観光が主産業。食糧の自給はできず移入している。人口294(2009)。

[菊池万雄]

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改訂新版 世界大百科事典 「御蔵島」の意味・わかりやすい解説

御蔵島 (みくらじま)

東京都伊豆諸島に属する島。東京の南方海上約230kmに位置し,一島で三宅支庁御蔵島村をなす。面積19.7km2,人口348(2000)。御山(おやま)(851m)を最高峰とする火山島であるが,有史以来噴火したことがないため,浸食が進み周囲は高い急崖になっている。南西岸には高さ480mに達する日本一の海食崖が切り立ち,白滝,白ヒゲの滝がある。湾入がないため集落は北側の山腹に位置する。近世初期にはすでに定住者があり,三宅島の属島としてその行政下に置かれた。1725年(享保10)に三宅島から分離して一村を形成,伊豆代官が直接支配した。御山に清水が湧出し,水の乏しい伊豆諸島のなかでは水が豊富であるため,道端に水溜を設備して簡易水道もつくられた。江戸時代からのツゲ材の産に加えて,明治後期からは養蚕が盛んになった。昭和30年代以降近代化が進み,水道,送電設備が整い,40年代には大根ヶ浜と八郎畑間の都道が完成,港湾整備も進められた。かつては東京に直航する船便はなかったが,港湾の整備が進んで,1981年東京・竹芝桟橋からの定期便が可能となり,また八丈島,三宅島との間には1日1便のヘリコプター航路もあって,観光客が増加している。南岸一帯にはオオミズナギドリが生息する。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「御蔵島」の意味・わかりやすい解説

御蔵島
みくらじま

東京都伊豆諸島の中部にある火山島で,活火山三宅島の南約 20kmに位置する。御蔵島村を構成。直径約 5kmのほぼ円形の成層火山で,中心に御山(851m)がある。周囲は 50~100m以上の断崖で,南岸の黒崎高尾の断崖は 480mにも達し,日本屈指である。伊豆諸島では珍しく水に恵まれ,平清水川などが滝となって海に注ぐ。高温多湿で,鈴原の湿原植物群落は都の天然記念物。南岸一帯はオオミズナギドリの群生地。全島ツゲシイの天然林で覆われる。付近は黒潮が流れ,好漁場を控える。富士箱根伊豆国立公園に属する。面積 20.55km2。人口 308(2000)。

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百科事典マイペディア 「御蔵島」の意味・わかりやすい解説

御蔵島【みくらじま】

伊豆諸島の一島。三宅島の南方約20kmにあり,東京都三宅支庁御蔵島村(20.54km2,348人。2010)をなす。カンラン石などからなる火山島(活火山)で,最高点は御山(おやま)(851m)。高い海食崖に囲まれ,南岸では480mに達する。9世紀には伊太豆和気命神が祀られており,16世紀には小田原北条氏の勢力下に入っていた。江戸時代には紬年貢を納入した。水の便はよいが耕地は少なく,豊富な天然林からのツゲ材が島最大の収入源。富士箱根伊豆国立公園に属し,東京港から定期船便がある。

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世界大百科事典(旧版)内の御蔵島の言及

【伊豆諸島】より

…東京都に属し大島支庁(大島町,利島(としま)村,新島村,神津島(こうづしま)村),三宅支庁(三宅村,御蔵島(みくらじま)村),八丈支庁(八丈町,青ヶ島村)管轄下の島嶼(とうしよ)群をいう。かつては伊豆諸島以南の地も含めて漠然と豆南(ずなん)諸島と呼ばれた。…

※「御蔵島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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