日本大百科全書(ニッポニカ) 「志雄」の意味・わかりやすい解説
志雄
しお
石川県北部、羽咋郡(はくいぐん)にあった旧町名(志雄町(まち))。現在は羽咋郡宝達志水(ほうだつしみず)町の北部を占める地域。旧志雄町は1936年(昭和11)町制施行。2005年(平成17)羽咋郡押水(おしみず)町と合併し、宝達志水町となった。能登(のと)半島基部にあり、東は富山県に接し、西は日本海に面す。JR七尾線、国道159号、249号が通じる。国指定史跡の散田金谷古墳(さんでんかなやこふん)があり、「しお」という地名は越中守(えっちゅうのかみ)大伴家持(おおとものやかもち)の『万葉集』の歌にすでにみえる。旧町域は丘陵性で、米作、繊維工業が盛んで、近年では製薬会社などの工場も進出している。海岸砂丘ではブドウ、スイカ、タバコを産する。聖徳太子にちなむやわらぎの郷(さと)、新宮温泉(しんぐうおんせん)などがある。海岸一帯は能登半島国定公園域。
[矢ヶ崎孝雄]
『『志雄町史』(1974・志雄町)』