人間の本性を善とみる説。中国、戦国時代の儒者である孟子(もうし)が説いた性論である。孟子は、すべての人間の心には本来善への可能性が内在しているとし、その兆しを四端(したん)(惻隠(そくいん)、羞悪(しゅうお)、辞譲(じじょう)、是非(ぜひ))の情としてとらえた。そしてこの四端を拡大していけば、人間の善性は仁義礼智(じんぎれいち)という形で完全に発揮できると考えたのである。彼の性善説は、仁義礼智という儒家的価値観による徳目の萌芽(ほうが)が人間自然の本性として内在していることをいうものであった。しかしこの説は、一方では現実の人間の心の悪の由来の説明に苦しむことになる。彼は、性に善悪はいえぬとする告子(こくし)と論争を繰り返すが、その争点の一つもここにあった。また彼の50年ほど後輩の荀子(じゅんし)は、この孟子の説を否定して性悪説を唱えた。しかし荀子の説は、礼の意義づけを行うために人の心の獣性を強調するもので、人間の心に備わる善への可能性を否定するものではない。以後、孟子と荀子の説は性説の二典型として長く対置されることになった。なお、良知良能や「浩然(こうぜん)の気」の主張も、孟子の性善説の現れである。
[土田健次郎]
中国,孟子の道徳説の根本問題。孟子によると,すべての人は惻隠(そくいん)(あわれみいたましく思う),羞悪(しゆうお)(不善をはじにくむ),辞譲(じじよう)(目上にへりくだり譲る),是非(正邪を判断する)という四つの感情をそなえている。この四つの感情は端緒(四端)であって,道徳そのものではない。だが,これを拡充すれば,仁・義・礼・智の四つの徳が,それぞれ四端を母胎として成立するという。四端は道徳的価値を指向するものであり,人は生得的に善となる可能性をそなえているわけであり,その本性は善であることになる。それでは,性の善なる人間が,悪事をはたらくことがあるのはなぜか。それはおかれた環境による。しかし人間が悪に走る性質をまったくもたないものならば,いかなる環境でも悪事をはたらくはずがない。孟子の性善説では悪の起源を十分に説明することができない。そのため宋の朱熹(しゆき)(子)は孟子の性善説を継承しながらも,人の性を〈本然の性〉と〈気質の性〉とに分けて,この難点を解決しようとしたのである。
→性悪説
執筆者:日原 利国
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… これに対して東洋の人間観では,善と悪を神に結びつけず,人間性に内在する二つの心理的傾向とみる。孟子は性善説を唱え,荀子は性悪説を唱えたが,この二つの説は理論的には矛盾しない。孟子の考えるところでは,人間の本性には良心と放心という二つの傾向がある。…
…学問や教化が必要なのは,人の性が悪であるためであろう。孟子は〈人の性は善であり,環境や後天的条件によって本性を失い,その結果として悪をなすのだ〉と説いたが(性善説),人の自然の性は外的環境によって失われることはない。環境によって悪事に走るのは,その潜在的な本性の悪が表面化したのであるという。…
…人の本性をめぐる孟子と告子の論争はあまりにも名高い。告子が人間の生への本能的な意欲を性としたのに対し,孟子は性善説をもって応酬し,儒教の性論の基礎を築いた。その後,荀子(じゆんし)の性悪説,漢の揚雄の善悪混淆説,唐の韓愈の性三品説などが現れたが,南宋の朱熹(しゆき)(子)は,性を〈本然の性〉と〈気質の性〉に分けることによってそれらの止揚をはかった。…
…このうち墨子は,孔子の仁愛が家族を中心とする閉じられた生活共同体への愛であることに反対し,天の神の意志である人類愛,すなわち兼愛を主張した。そのあとに出た儒家の孟子は,墨子の兼愛説を無君無父(君を無(な)みし父を無みす)の思想として激しく攻撃するとともに,他方では人間の自然の性のうちに善が内在するという性善説を唱え,これが永く儒家の正統思想となった。これに対して道家の老子は,儒家の道徳を不自然な人為の産物として否定し,無為自然こそ天の道であることを強調した。…
※「性善説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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